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第20話
一歩、一歩と近付いてくる篠宮は、腕や足に血を纏っており、その尋常でない量にへたりこんだ俺の足は更に震えて言うことをきかない。
「なんで…藤本は…っ!?」
「さぁ?子作りに励んでるんじゃない?なんだっけ……『孕むまでここから出らんない』…だっけ?」
言われた言葉に息を飲み目を限界まで開く。
「それより佐伯。まだ俺の名前も呼んでないのに他の男の名前を2回も呼ばないで。」
更に距離を詰めていく篠宮に耐えきれなくなり、震える手で包丁を握りしめ切っ先を向けた。
篠宮は表情を変えないままこちらを見ていて、それが「どうせ何もできないだろう。」と思っているのだと感じさせ、怒りの感情を震える指先に与える。
もうこのまま、どうなってもいい。
そう思って振り上げたはずなのに。
「この距離で"振り上げる"っていう選択は正しくないよね。」
篠宮はそう呟いてから容易く俺の腕を捻りあげ、呻いた俺に「あぁ、佐伯。苦しまないで。」と仰仰しく宥めるように言うと、包丁を取り上げ部屋の奥へ放った。
俺はそのまま抱き込まれるように篠宮の腕の中へと収められてしまうが、篠宮から濃い血の香りがして必死で抵抗する。だが篠宮は俺がパニックにでもなっていると思ったのか「大丈夫。もうアイツらはいないよ。」と言いながら俺の頭に手をやり優しい手付きで髪を梳いてきた。俺を犯した男たちの残滓がこびり付いた髪を。
「…本当に、後悔してもしきれないよね。」
俺を抱きしめる篠宮の肩に手をやって体ごと離そうと試みるがやはり全く動かない。
それどころか篠宮は腕に更に力を加えて、苦しいほどに俺の体を締めあげていく。
「こんなことなら、心までちゃんと繋がったセックスがしたいとか意地張ってるべきじゃなかった。」
抵抗する俺に構わず、冷えた声音で言い放った篠宮の言葉を聞いた瞬間、凍り付いたように体が動かなくなる。
その発言の中に隠された篠宮の意図やこの後の展開が、今更理解できないなんてことはなかった…。
「心は後からついてくるのにね。」
うわ言のように言いながら俺を抱きしめる篠宮の力が強くなり、体が軋む。
唇を動かすことも、瞬きすらできない俺の頭を撫でつけながら篠宮は続ける。
「そうだよ…。心は放っておいたっていずれついてきたんだから。」
まるで今まで自分を縛っていたものを取り払っていくように、笑う。
だが、タガが外れたように笑みを浮かべていく篠宮に対し、俺の体は見えない何かに縛り上げられるように固くなっていくばかり。
だってもう、篠宮は俺を囲う腕を解いてただ頭を撫でているだけなのに、俺は指の1本も動かすことができない。
「心は必ずついてくるよね。」
篠宮が目線の高さを合わせて乾いた血がこびり付いた手で俺の頬を撫ぜた。
「だって運命ってそういうものでしょ?」
問いかけた口調のそれに、惑いなど一切なく、篠宮は俺を横抱きにすると部屋を後にする。
今もまだ主の帰らないその部屋を。
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