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藤本 4

「さて…。」 そう一呼吸置いてから篠宮くんはキロッ、と僕の隣で震える津川先輩を見て歩み寄ってくると拳を振り上げ津川先輩ご自慢の美しい顔にそれをめり込ませた。ご丁寧に胸倉を掴んできちんと力を加えられるようにして。 「腹立たしいけど1発で我慢してあげるよ。こいつらはお前のその顔が大好きなんだってさ。感謝すると良い。」 その1発で充分と言えるほど鼻が曲がり口からも鼻からも血を止めどなく流す津川先輩は口元を抑えたまま、まだ自分がこの後されることを理解していないようで「え?え?」とバカみたいに言い続けている。本当にこの人は頭が悪いなぁ。 「その汚い顔をこっちに向けないでくれるかな?気分が悪いんだ。君たちも早くこいつを連れてってくれる?」 そう津川先輩を見ることもなく言った篠宮くんの言葉に反応して‪2人の‪α‬が津川先輩を両脇から抱える。 「え?なに?待って!篠宮!」 歯まで折れているのか、若干聞き取りにくく、だがはっきりと呼んだ津川先輩に篠宮くんが言葉を投げる。 「楽しんでおいで。君は今から行く部屋を『孕むまで出らんないから』。」 瞬間、理解したように絶叫した津川先輩の口は‪α‬の1人に塞がれ、くぐもった声と共にそれは扉の向こうへと消えていった。 そして部屋には僕と篠宮くん、そしてなぜか…先程部屋を出て行った津川先輩のことが好きな‪‬‪α‬2人を除く、‪‪α‬3人‬が残った。 「あの…篠宮くん…。」 「佐伯をここに連れてきたのは君なんだって?津川の部屋に向かった奴らから聞いたよ。」 そう言われ、津川先輩が彼に放ったセリフを篠宮くんが知っていた理由がなんとなく分かり納得すると同時に自分の状況を理解する。 いや、だが…。 「僕は…昨日偶然佐伯くんを見つけたんだけど…ここに連れてきたのは津川先輩に脅されたからで…。」 彼がこんな目に合うことは想像していなかったのだ、と続けようとしたがそれは頬を強く襲った痛みにより叶わなかった。 今まで正面にあったはずの篠宮くんの顔が見えない。 何が起こったのか、理解出来なかった。 熱を持ち血の味を生み出したそこに恐る恐る手を添える。 「そんなことはどうでも良いんだ。俺から離れて、佐伯が誰かと時間を共にしてしまった。それが問題なんだよ。」 篠宮くんが僕を虫でも見るような目付きで見下ろしている。 どういうこと?彼を僕の部屋で匿っていたことを篠宮くんは知らないはずだ。それなら篠宮くんは何のことを言っている? まさか見つけてからここに連れてくるまでの数時間のことを? そんなこと……。 「っ…待って。だって、僕はほんの数時間…。」 「時間の問題じゃないよね。」 また言い切る前に、今度は反対頬を殴られた。いつの間にか溢れ出した涙を拭う気にもなれない僕をつまらなそうに見てから後ろの‪α‬3人に僕を渡し、部屋を出ていこうとした背中に呼びかけた。 「待って!彼の居場所!知らないでしょ!?僕だけが知ってるんだよ!?」 そう力の限り叫ぶと篠宮くんは動きを止め零すように笑った。 その笑い声は静かなものだったけど、皆が微動だにせず篠宮くんを見るくらい全てを惹き付ける笑いだった。 「バカだね。今ので完全に答えを教えたようなものじゃない。」 「……え?」 「学校中があのΩや俺の信者で溢れてて、そんな中で君しか知ることの出来ない場所なんて…だいたい1つしかないでしょ?」 津川先輩のことを最早名前でも呼ばなくなった篠宮くんは、いつものように美しく笑う。 「それに、追い詰められた相手から大仰に持ち掛けられる取引っていうのは案外大したものじゃないんだ。…相手に時間を与えたら"大したもの"に変えられてしまうだけでね……。」 ギクリ、と背筋が伸びる。 冷や汗が伝う。 手が震える。 大丈夫。知るはずない。どうせハッタリだ。動揺すらな。気取られるな。…そう思うほど、心臓が早鐘を打った。 「佐伯は君の部屋にいるんでしょう?ここに連れてきたのも君だけど、1度は助けてくれた君のことを佐伯は信じたんじゃない?あの子はとても優しい子だもの。」 そう、目の前にいない彼を思い出したのか慈しむように笑うと、篠宮くんは僕の反応なんて見ることなく取手に手をかけ、扉を開ける。 「待って…待って!お願い!篠宮くん!!」 震える顎をなんとか動かして懸命にその背中に呼びかける。 だが──… バタリ 閉まる扉と同時に消えたその姿。 先程まであんなにうるさかった早鐘は、いつの間にか聞こえなくなっていた。

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