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第22話
それから俺は案の定熱を出し1週間寝込んでしまった。今は熱も引き体力も回復してきたのだが、切れた尻の痛みは未だにあって、篠宮が夜毎嫌がる俺に構わず無理矢理にそこに薬を塗る日々が続いていた。
篠宮は薬を塗る度に顔を歪めて「まだ当分は使わない方がいいね。」と言ってきたけど、当然その“使う”用途が排泄でないことは分かったので、暫く経ったらまた体を繋げる気なのかと思い身震いした。
あの時は完全に篠宮に対する恐怖に支配されていたのだが、睡眠もきちんと取って体力も回復してくると弱っていた意思も戻ってくる。
もう二度と篠宮に抱かれる気なんてない。
「学校どうする?明日から行く?」
薬を塗った手を拭いながら何気ない会話のように提案してきた篠宮に、驚きすぎて一瞬心臓が止まったかと思った。
昨日までは起き上がるのすらやっとで、学校のことなんて考えるまでもなく篠宮の部屋に留まっていたのだが、自由を制限する鎖も今は足元には無く、俺は行こうと思えばすぐにでも篠宮の部屋を出て行けた。
さすがに篠宮も病人を拘束するほど酷い人間ではないのだろうと思っていただけだったのだが、まさか篠宮の方から登校を提案してくる日が来るなんて。
一も二もなく頷くと「そう。」と笑って以前に消えたままだった俺の制服を手渡された。
だが、そこに一緒に消えたはずのスマホはない。
「あの…篠宮…。俺のスマホって…。」
「必要ないでしょ?」
え…、と顔を上げると不思議そうにこちらを見る篠宮と目が合う。
「だってずっと俺は隣にいるのに、わざわざスマホを使う必要なんてないじゃない。」
「いや、だって他の人と…。」
「他って誰?」
にこっ…と口元に笑みを湛えた篠宮の瞳が、ゆっくり、薄く、細められていく。
それを見て先程まで胸中にあった喜びが、急激に色を無くし冷えていくのを感じた。
「俺もね、反省したんだ。佐伯がそんなに学校で受ける授業に拘ってたなんて知らなくて…。それで最悪の結果になっちゃったわけだからね。卒業までは、学校に行こうか。」
「ちが…。授業じゃなくて俺は茅原や藤本に…。」
彼らに会いたい。彼らの安否を確認したい。
しかし言いかけた俺は、篠宮がずっと優しく細めていた目を少しばかり開けただけで、一気に冷めた表情へと暗転させたのを見て黙り込む。口元は、笑みを浮かべたままなのに、篠宮はもう2人の名前を出すことすら許してくれる雰囲気ではない。
しかしあの日篠宮が付けていた血…。篠宮に聞いても誰の血か分からないと言っていたのでこれも自分で確認するしかなさそうだと思っていたのに…。
視線を彷徨わせたまま黙った俺の様子を見て篠宮が息を吐く。
「やっぱり学校は来週からにしよう。」
慌てて篠宮の顔を見ると彼は困ったように微笑んだ。
「今週は俺ももう学校へは行かないから、明日は2人でお出かけしようね。」
暗に『逃げるなよ。』と言っているのだということはすぐに分かった。
彼は、病人の俺を気遣って鎖を付けなかったのではなく、病人の俺には逃げ出すだけの体力がないと思っていただけなのだ。
そんな篠宮の性格を、今更知ったわけではないというのに、心が凍えていく痛みを感じずにはいられなかった。
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