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第24話

「でもね、今日ここに来たのはこれを見てもらいたかったからじゃないんだ。」 そう言って篠宮は俺の手を引き研究室を出ると地下階層へと移動していく。 先程の光に溢れた地上の施設とは異なる…清潔感はそのままなのだが、日光が入らないせいか少し閉ざされた印象のそこを進んでいくと篠宮は1つの扉の前で立ち止まった。 「佐伯。この研究所はね、どの部屋も監視カメラと音声マイクが設置されてるんだ。君が発言することは全て記録されてるし、それらはたまに利用されることもある。」 そう説明をされるが、もうまともに篠宮の目を見れない俺は反応を示すこと無くひたすらに俯き、扉を開け視界から消えていく篠宮の足元をただ見ていた。 「やぁ。気分はどう?」 そう扉の向こうに居る誰かに問いかけた篠宮。 次いで聞こえてきたとても不機嫌そうな返答…。それを聞いた瞬間、閉じかけていた扉に自ら手をかけ勢いよく開く。 「茅…原……!」 「佐伯!?お前なんでここに…!?」 それはこっちのセリフだ。なんでここに茅原がいるのか理解出来ないが、ただ嬉しくて、訳も分からないまま飛びつこうと駆け出した。 だが、すぐに横から出てきた篠宮が俺を抱き上げる。 「っ放して…!」 「篠宮!佐伯に触んな!!」 俺が抵抗すると同時に噛み付きそうな勢いで飛び出してきた茅原だったが、その手が篠宮まで届くことは無かった。 茅原の行動を制限するもの。首に…鎖が繋がれている…。 「茅原…なに…それ…。」 目を見開き尋ねた俺に、茅原は悔しそうな顔をしただけで答えてくれない。 「彼にはここで開発した薬の臨床試験に参加してもらおうと思ってるんだ。βがΩになるための薬の。」 答えない茅原に代わるように篠宮が言った。 それを聞いた瞬間、手足が固まって動かなくなる。 「っ篠宮!」 茅原がガチャガチャと鎖を鳴らして篠宮を止めようと藻掻くがその手は宙を切るばかりで一向に届かない。 「なんで…。」 そんな茅原を焦点の合わない視界に入れながら問う。 なんで…だって茅原はβの自分に満足してて、βの彼女もいて、βである人生をこれからも歩んでいく人だ。 茅原が自ら望んでここにいるのではないことは明らかだ。それなのに彼がここにいる理由。捕らえられている理由…。 答えは分かっているはずなのにそれでも目を逸らそうとする俺を笑うように篠宮が囁いた。 「ねぇ彼を助けたい?佐伯なら……できるよ。」 天使のように美しい笑みを湛えて、悪魔のような言葉を。 「バースを変えることはとても重大なことだからね。全ての被験者は肉声での意思表明と、それに準じた内容の志望書が必要なんだ。」 意思表明と言っても同意の詳細については志望書に書かれ、声紋の登録がメインなので自分のバースを変えたいという意志なり理由なりを確認できるものがあれば良いのだと篠宮は言って監視カメラを小さく示した。そして「まぁ彼1人分くらいならどうとでもなるんだけどね。」と茅原を見てからマイクが拾えないくらいの声量で言うと、抱えたままの俺を床に下ろし、しっかりと両足で立たせる。 「でも俺は佐伯にはちゃんと正式な手順を踏んで、君からバースを変えることを望んでほしい。音声の内容は…何度も練習してもらおうとしたけど覚えてるかな?」 音声内容の練習という言葉に、何のことを言っているのか分からずぼんやりと篠宮を見つめたが、1つだけ心当たりがあった。 恋人になったのだと篠宮が言い張ってから執拗に何度も俺に言わせようとしてきた言葉。 「ねぇ、きちんと言って?佐伯の口から。」 いつの間にか溢れた涙が、頬を伝って床に落ちていく。 茅原がここに連れてこられたのは、きっと篠宮の部屋から逃げ出した俺を助けてくれたあの後だ。 俺が別のルートから逃げていれば。逃げ出そうとしなければ…。 先程から後悔が止めどなく募りそんな考えばかりが巡る。 「なんで…こんな…どこから間違えてたの…?」 思わず疑問が口をついた。 篠宮にΩの番を持つよう勧めなければ。烏の死骸を見つけた後、寮ではなく保健室に行っていれば。篠宮の告白をもっと真剣に断っていれば。篠宮に出会わなければ。あの学園に入らなければ。いや、いっそのこと産まれて来なければ………。 「それは君がβとして産まれた時からかな。」 篠宮が平然と突き付けた答えに、自分でもそれは思っていたはずなのに肩が揺れ、余計に涙が溢れた。 「君がΩだったのならまた違う未来もあったのかもしれないけど。…でも君がβとして生まれてきてなかったらこの施設や人々の歴史にも意味なんて何も無かったよ。だから俺も、佐伯も、何も間違えてなんかない。だってこれは運命だから。」 そう言い切って篠宮はまた誰もが見惚れる美しい顔に笑みを乗せる。 「だから佐伯。正しい選択をしよう。」 足元は、きちんと地面に立っているはずなのに先程からどこかへ落ちていく感覚しかしない。 「あ、最後に佐伯からキスしてくれたら嬉しいな。彼にとっても良い結果になると思うよ。」 そう言って茅原を目で示した篠宮。 「やめろ!佐伯!!」 茅原の叫びが聞こえたが、構わず篠宮の首に腕を回す。 「佐伯!!」 茅原、ありがとう。 「篠宮…好き…。俺は、篠宮と、番になりたい…。」 そう言って口付けた俺に篠宮は「いい子。」と笑って更に深い口付けを返した。

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