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可愛いあの子[6]

 試合観戦の当日、昼過ぎに悠を迎えに行ってスタジアムに向かった。最寄り駅からスタジアムまでの道はユニフォームを着た人達がポツポツと歩いていたおかげで迷うこともなく、その間はずっと悠の好きなヨーロッパのチームや選手について話していた。俺もまあ全くわからないわけではないけれど、悠は随分詳しいんだと感心する。  スタジアムに着くと色々と屋台やキッチンカーが出てて、昼食を食べてから来ちゃったけどここで食べても良かったねと言い合う。おやつとちょっとつまむものを買い込んでから、スタジアムに入ることにした。   「気持ちいい~」  スタジアムは思っていたより長閑で開放的で、陸上の高校の競技会で使われるのと変わらない程度の規模のものだった。ただピッチの上もぐるっと囲むスタンドにも、その間に挟まる見慣れた陸上レーンでさえ、いつもよりもっと賑々しい空気があって、華やいでいるように思う。これがプロスポーツの空気なんだ。確かに気持ちいい。悠が思わず口にした言葉に同意する。  選手が出てきて練習を始めると、スタンドからたくさんの声や歌が響くようになって、よりワクワクした。 「あそこ、ゴール裏だっけ?やっぱりすごい熱気だね」 「旗とかもたくさんあってすごいな」 「悠もあそこ行ってみたい?」 「うーん。行ってみたい気もするけど、あそこは本当にそのチームが好きな人が行くところな気がする」 「そうだね。確かに」 「こっちからゆっくり練習見てるのも楽しいし。やっぱり上手いんだね。当たり前だけど」  それは俺も思ってた。正直、テレビや配信でヨーロッパサッカーがガンガン流れるこの時代で、日本のしかも3部なんてそこまで大したことないなんて、ちょっと舐めてた部分がある。実際にスタジアムで同じ空間で見るとこんな距離でこんなスピードのボールを止められるのかと驚いた。陸上だって生で見るとすごいんだよって口にしておいて、他の競技も同じだってこと考えもしてなかった。反省しよう。  そんなことを話している間にキックオフになって、スタジアムの温度はより高くなった。ホームチームの方に元日本代表の選手がいたのも実は結構あるのだけれど、やっぱりホームチーム贔屓で見ようと事前に二人で決めていたからボールがあっちに行ったりこっちに行ったり、ピンチになったりチャンスになったりというのに一喜一憂して楽しんだ。  試合はホームチームが前半に先制したものの後半早々追い付かれて、その後はずっとジリジリとした時間が長かった。けど後半40分も過ぎて勝ち越してそのまま終了というなかなかスリリングで面白い展開だった。  悠も念願のサッカー生観戦を存分に楽しんだようで、勝ち越しゴールの時なんかは跳ね上がって喜んでいた。勢いでハイタッチしてハグまでしてしまって、俺は一人でどぎまぎする羽目になった。可愛いしもちろん嬉しいから大歓迎なんだけど。  “お家に帰るまでが遠足です”と小学校の頃言われたように、きちんと悠の自宅まで送り返して初めて、無事に今日のデート終了となる。少し興奮した様子の悠を可愛いなぁと堪能しながら、しっかりとガードを固めて帰り道を歩いた。 「不思議だな」 駅で電車を待っている時に、ふと悠が呟いた。 「何が?」 「俺な、女扱いされるの嫌いなんだ」 「女扱い?」 「うん。本当は誰かにこうやってついて来てもらわないとどこにも行けないのも嫌だ。遊んだあと、優希だって匠だって普通に一人で帰るのに、俺は歩についていかないと駄目。俺が一人だと足が竦んじゃうからしょうがないんだけど」 そりゃあ(いち)男子高校生ならそう思うだろうな、と思う。 「そういうのだけじゃなくて、一緒に歩いている時とかも大体皆俺を車道側歩かせないし、重いものを持たせようとしないんだ」 「えっ……、あ、ごめん……?」  意識的にも無意識的にもそういう扱いをしていた自覚はある。思わず謝ってしまったものの、これを改めるのは正直難しい気もする。根津にごっつい釘を刺されてもいるが、そんなの関係なく俺は悠を守りたいし優しくしたい。    困ったなと思っていると、悠は無言でふるふると頭を振って言葉を続けた。 「だけどな、大樹にされるのはいいんだ。何でだろう?ってずっと思ってた」 「それは、俺がしたいのが女扱いじゃなくて特別扱い、だからかもしれないなぁ」 「違うの?それ」 「違うよ。女の子だから大事にしなくちゃとかじゃなくて、悠が好きだから大事にしたいの。俺は悠に一目惚れだったけど、それは悠の顔がどうこうってのも正直言えばなくはないんだけど、それ以上にその顔を全部くしゃくしゃにしてた表情が可愛いなぁって思った。全部くしゃくしゃにして笑ってくれたらどれだけ素敵だろうって思った。  だから今日は楽しかったよ。スタジアムにワクワクしている悠も、失点して泣きそうな悠も、決勝点で最高に大喜びしてる悠も見れて、もう最高だった。  悠に女の子みたいになって欲しいなんて思わない。悠は悠のままで最高に可愛いから。だから俺は悠を大切にしたいし、特別扱いをしたいんだ」  難しい顔で考え込んだ悠を見て、慌てて付け加える。 「あ、でも無理強いしたいわけじゃないから。悠の気持ちは悠のものだから、俺を好きになってほしいけど、無理なら仕方ないと思うし、それでも俺は悠を特別扱いし続けたいけど、それが悠にとって重荷だってもし言われたら、大人しく引き下がるから」 「引き下がるって……?」 「悠の前には出来るだけ出ないようにする」 「なんで!?」 「悠がやっぱり俺のことを好きになれないなって思ったら、の話だよ?俺は悠が特別だから、どうしても友達にはなれないと思うし」 「……友達には、なれない?」 「うん。ごめんね」  少し泣きそうな顔をした悠に伝えるにはきつい言葉だったかもしれない。何故かフォローしようとした言葉で、より悠を追い詰めてしまった気がする。  でも、これは正直な気持ちだ。俺はそんな器用な人間じゃないと思う。 「まあ、今すぐに答えて欲しいって訳じゃないから。今のまま悠に好きって伝えて、特別扱いするのを許してくれると嬉しいな」  そう伝えると悠は少し迷いながらも、小さな声でわかったと頷いてくれた。

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