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恋とはどんなものかしら【歩】[1]
「歩!見てー!」
声をかけてきた悠を見上げると、いつもの顔半分が隠れた前髪はサイドにまとめられ、おしゃれな髪留めで止められていた。
可愛いねと言葉が出かかったが、そういったが最後むくれるのはわかっているので、辛うじていいねというとまだ見慣れない笑顔が帰ってきた。
「だろ?大樹がくれた」
そのピンク色満開の笑顔はそうだろうね。
「鬱陶しくなってきたし前髪切ろうかなって話したら、とりあえずこれ着けて前髪ないの試してみたら?って」
「……そう」
馬場と付き合い始めてから本当に悠は変化している。いつまでも僕が側についていられる訳ではないのだし、悠が人への恐怖感を薄くしつつあるということは素直に嬉しい。
ただ、どうしても悠を取られたという感情はある。子どもの時から一番側にいたのだから。前髪切ろうかと思ってるなんて、僕は今初めて聴いたよ。別に僕に話してなかった深い意味はないんだろうけど。
馬場はもうその存在からムカつくが、本当は悠本人の外見だけを見て寄ってきた変態どもとは違うということは一応もう認めている。
今回のも悠のことをよく考えた提案だし、髪留め自体も甘々とかフリフリなものではなく、悠が喜びそうなちょっとカッコいいデザインで、付けたときには悠が引き立つような絶妙なものだった。
実にタラシらしいセンスだな、なんて訳のわからない嫌みを、今ここに馬場がいれば口にしてただろう。自分の小姑っぷりに嫌気もさすが、僕から悠を取り上げた罰と思って甘んじて受け止めてほしいところだ。
「馬場は優しい?」
僕達のやり取りを聞いていた優希が聞いてきた。なんでわざわざとちょっとやきもきはしたものの、優希から少し前まで出ていた全身棘だらけみたいな空気はパッタリと収まっていた。今はこうやって馬場の話題を出していても、以前の穏やかな優希のままだ。
頬を薔薇色に染めて、少し恥じらいながら頷く悠はもう本当に綺麗で可愛くて、こんな表情引き出すのはアイツだけなんだよなぁと思うと寂しくて悔しい想いはあるけれど、同時に嬉しい気持ちもない、わけではない。
嬉しそうにノロケを垂れ流す悠の言葉を聞き流し、仕方ないなと呟いたら、それを耳ざとく拾った優希に笑われた。
「子離れしなきゃな、お母さん」
「誰がお母さんだよ、誰が」
「なあ、お母さん」
「だから……」
「お母さんは恋、しないの?」
聞かれたことがあまりにも唐突で、理解するのに時間がかかった。
恋、ねぇ。いや、正直僕本当にそっち方向は遅れてるというか、そりゃ保育園のときにナントカ先生が好きーみたいのはあったかもしれないけど、中学の時には肉食女子から悠を守ることに神経費やしてたし。女子は男子よりはるかに目敏くて感度が高いから、前髪で隠したくらいでは誤魔化しきれないんだよね。高校を男子校にしたのもこれが理由だった。ってそんなことはどうでもよくて……
「全く影も形もないねぇ」
「だよな」
その人に出会ったのは恐喝現場に居合わせたからだった。
最近、放課後はほぼ毎日図書室に行く。悠がべったりとそこの窓に張り付いて部活中の馬場を眺めるからだ。仕方なく僕はその近くで本を読んだり勉強したりすることにしている。本を探して奥の方まで歩いていくと、グラウンドとは反対側の窓から不穏な光景が見えた。
複数の生徒が一人の生徒の肩を抱いたり腕をつかんだりしながら歩いていく。それだけなら別に仲のいい友人なのかなと思うところだが、その一人の生徒は怯えて俯いているように見える。はっきりとはわからないけれど。
別に囲んでいる生徒も見るからに暴力をふるっているというわけでもなく、気のせいで済ませてしまえば済ませられるのだけど、万が一のことを考えるとそのまま放置するわけにはいかなかった。
「悠。ちょっと僕出ていくからここにいて。先生にも頼んでおくから、絶対に僕が戻るまで先生の目の届かないところにいかないで。図書室の中でも駄目だよ」
突然の言葉に驚いたようだが、切羽詰まった僕の表情に感じるものがあったのか、わかったとすぐ頷いてくれた。司書教諭の先生にも悠のことを軽く説明してお願いしてから、僕は急いで彼らが向かった方へ走った。
たどり着くと残念なことに僕の予感は当たっていて、先ほどの生徒が恐喝されていた。
「五万持ってこいって言ったじゃん。何これ?」
「五万なんて、無理……」
「しょうがないなぁ。じゃあ今日も痛いコースだな」
咄嗟にスマホでとある人物にメッセージアプリで通話をつなげて、同時にいつもポケットに常備しているICレコーダーを起動させた。
その間に早くも恐喝犯達は一発腹を殴って、下品な笑い声を立てていた。
早く早くと思っていた通話がつながる。
『もしもし?根津?』
「第一校舎の裏側、倉庫の裏辺りで恐喝です。カメラに切り替えます」
『!今すぐ行く』
そのまま現場に飛び出すと犯人達の目が一斉にこっちを向く。
「何だ?お前」
「何撮ってんだよ!」
スマホを奪おうと手を伸ばしてきた人物の顔をしっかりと映しながらはっきりとした口調で伝える。
「いいんですか?今、この通話は今教師と動画で繋がってます」
こちらをギョッとして見る顔全てが映るように、スマホを動かしていく。
「お、脅すつもりか!どうせ嘘だろ」
そう言うので音量を最大限にあげてやる。“根津!挑発すんなって言ってんだろ”と喚く大人の男性の声がした。
「お前チビ、ふざけんじゃねーぞ」
「ふざけているのはどちらですか?アンタ達のしているのは恐喝、立派な犯罪ですよ?学校内、学生同士だから許されるなんて風潮、僕は認めません。今すぐこちらに先生が来ます。逃げてもいいですが、僕はもう全員の顔をしっかりと覚えましたからね」
「うるせーな、なんだよお前!!!」
自棄になったのか、逆上した一人が僕に殴りかかってくる。
避けようとした拳が何故か途中でとまった。
「チッ。めんどくせぇな」
見上げると、見覚えのある生徒が拳を受けとめていた。
「生徒会長……?」
三年の龍ヶ崎 智也 生徒会長だった。
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