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恋とはどんなものかしら[2]

 龍ヶ崎会長はこの学校では有名人だ。そんじょそこらのモデルや俳優では敵わないレベルの体型と造形。学年トップレベルの学力。生徒の自治性を重んじる校風で、その生徒会を率いるカリスマ性、加えて東証一部上場の有名会社の子息というお家柄。  そんなに人の噂話に関心のない自分でも、ここまでの条件が揃った人の噂なら止めどなく入ってくる。 「ったく、そんな小さな(なり)で首突っ込むな。余計ややこしくなる」 「体型は関係ないでしょう」 「関係なくねぇよ」 「いや、あれくらいなら避けられますし、そのうち援軍も到ちゃーー」 「根津!無事か?」 「あ、先生」  到着した。  我等が担任、猫田先生ある。   この先生、普段はあまりやる気を感じさせないテキトー教師ぶっているが、実のところは結構熱血教師なのだと一年の付き合いで知っていた。信頼できる大人にはきちんと頼る、それが出来るからこそ自分は悠をここまで守ってこれたと思っている。まあ他にも色々とスキルも磨いて来たが。 「危ないから、連絡いれたら隠れてろって前も言ったろ?犯人逆上させんな!」 「させてませんって。冷静にお話してただけで」 「冷静にぃ?お話ぃ?」 「だってそのまま隠れてたら、先生来る前に彼があと数発食らいそうだったから」  そう、今はこんな話をしている場合ではない。  僕は先生が来て完全に戦意を失っている犯人達を押し退けて、被害者の前に立つ。 「ごめんなさい。嫌かと思うんですけど、ちょっと確認させてもらいますね」  そう断って、呆然としたままの彼にゆっくり触れてシャツをめくる。一瞬ビクッとしたが、大人しくしていてくれた。  案の定、そこには今のものだけではなく、何回にもわたって殴られた跡があった。   「辛かったでしょう?」 目を合わせてそういうと、その生徒は糸が切れたように泣き出した。  しばらくそのまま彼が泣きたいように泣かせていると、その間に先生は他の先生方と連絡し、犯人を連行していった。 「はぁー。根津お前相変わらず手慣れてんな」  残った猫田先生が疲れたように言った。 「そっちは任せます。まあ学校の判断に従いますが、僕としては警察に付き出して欲しいです。脅迫や暴力という犯罪を“いじめ”という言葉で誤魔化すことも嫌いです。まあどうするか決める権利は、本来この方にあると思いますけど」  未だ僕にしがみついたままの生徒の背中をポンポンと軽く叩く。僕の体型は残念ながら一般男子高校生の中ではミニマムなので、立ったままそう長くしがみつかれると、僕はいいのだが相手の腰が痛くなってしまうのではないかと思うのだけど。 「良かったら座りませんか?」  そう促すとこくりと頷いて大人しく従ってくれた。近くの倉庫の軒下に置き去りにされていた長椅子に二人で座る。 「ごめんなさい」  少し落ち着いたけれど、怯えた様子のまま彼は僕に向けて謝った。 「何も謝ることなんてないです」 「でも俺、俺がちゃんとしてなかったから。アンタも危ない目に会わせたし」 「複数人がかりで暴力を振るわれたら萎縮してしまうのは当然です。怖くていいんです。あなたは何も悪くない」 「誰かに相談しようかと思ったんだ。でもそれも怖くて……」 「恐怖で固まった心では、誰かを信じることは格段と難しくなります。貴方を今日、見つけられて良かった」 そういうとまた大粒の涙が溢れてきた。  しばらくすると大分落ち着いてきたようで、先生の事情聞きたいんだが大丈夫か?今じゃなくてもいいぞ?という言葉にも、行きますとしっかり頷いていた。 「大丈夫ですか?僕も着いていきましょうか?」 「大丈夫です。本当にありがとうございました」 「先ずは保健室に行ってくださいね。内蔵とかにダメージがないといいんですけど」 「その辺はちゃんと確認するし、必要なら病院連れてくから任せとけ」 「はい。あ、先生。これICレコーダーです。ここについた時からしか録れてないんですけど、殴られる瞬間は入ってると思うんで」 「ありがとな。借りとくわ。しかしお前はいい加減風紀でも入れって言ってんだろ」 「嫌ですよ。放課後時間とられたくないです」 「宇佐美のお守りなら状況変わったみたいじゃないか」 「本当に生徒のこと見てないようで見てますよね、先生」 「あれだけ二人でお花畑飛ばしてたら誰でも気付くわ」 「まあそうですね。でも悠が学校に残りたがるようになっちゃったから、余計に放課後目が放せないんですよ」 「それで今宇佐美はどこいんの?」 「図書室です。司書の先生に頼んでは来たんですけど」 「あ、そう。じゃそろそろ戻ってやれ。心配してんだろ?」 「どうでしょう?悠は今、陸上部眺めるので頭が一杯なので」 「若いっていいねぇ。それじゃ行くか」 「はい」 「ありがとうございました。よろしくお願いします」  手を振って去っていく先生を見送る。被害者の彼がこちらを向いて会釈してきたので、笑顔で会釈を返した。 「待て」  さて、終わったと思って帰ろうとしたら、何故かまだ残っていた生徒会長に引き留められた。 「会長、まだいたんですか」 「お前、こういうの初めてじゃねぇんだな?」 「まあこういう通報は去年は二回程でしたか」 「どうやら今回はただ暴力で脅されていただけみたいだから良かったが、もし何か弱みを握られての恐喝だったらどうすんだ?それでも教師に連絡すんのか?」 「まあ多分、それで暴力振るわれていたり金品を盗られていたら、同じ様な行動をとりますね」 「場合によっては被害者にも恨まれるぞ?」 「構いません。こんなの基本は自己満足ですから。嫌なんです。理不尽な暴力って本当に」 「ふーん。それが『お前にとって一番大事なもの』ってわけか」 「は?」 「少し前に、なんか良くわからん人生相談が生徒会室前で始まった。俺は中で一人で寝てたんだが、あれはお前だな」  以前にあそこで優希と話した時、生徒会室の中にこの人がいたのか。 「失恋だか何だかでピーピー泣いてる奴については心の底からどうでもいいが、お前の発言は少し気になったな」 「はぁ、そうですか」 「ただその時といいさっきといい、泣きたい奴に肩を貸したがる善人ぶった行動は気に入らねぇ。聖母にでもなるつもりか?」  別に自分の言動でどう言われようが構わないのだが、妙に突っ掛かってくる言い回しにカチンときた。 「あなたのおっしゃる通り、俺にとって一番大事なことは理不尽な暴力に屈しないことです。先程の彼は暴力の恐怖に囚われていた、いえまだ囚われています。そこから抜け出すには通りすがりの人間でもいい、誰かの助けが必要なんです。人の温もりは時に有用です」 「ハッ。理想論だな」 「理想でも偽善でも結構です。僕はやりたいようにやってるだけなので」 「ふーん」  にやりと嗤った生徒会長は、突然片手で僕の胸倉を掴んだ。驚きはするものの、冷静に身体の重心を動かして、とりあえず手を外させた。 「へぇ。薄っぺらい言葉だけかと思ったら、ちゃんと何か武道やってんな」 「なにぶん形が小さいもので。合気道を少々」  少し前の発言を持ち出して応じると、会長はますます愉しそうな顔をする。 「なかなか面白れぇな、お前」 「はぁ、ありがとうございます。失礼します」  別にこの人に気に入られようが気に入られまいが、それこそ心の底からどうでもいいのだが。そう思うとこれ以上付き合う気も起きなくて、とっととその場から退散した。  何故か後ろから突き刺さる視線は気にしないことにした。

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