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恋とはどんなものかしら[5]
不本意ながら通いなれてしまった生徒会室までの道を行く。
体育祭まであと数日となり、実働的な仕事が増えているようだ。僕に回ってくるのは相変わらず事務仕事が多いのだけど、くじの製作なんて工作作業の日もあった。その時は悠にも手伝わせた。
今日は何だろうと思いながら生徒会室にノックすると、見たことのない生徒が現れた。上履きの色を確認すると一年のようだ。
何故だろう?入り口に仁王立ちして通さないぞと言う雰囲気だ。小柄な方の身体で踏ん張っている姿に、何とも言えない親近感を感じてしまった。まあ僕よりは大分大きいのだけど。
「会長は?」
「他の人たちはみんな体育祭の準備で倉庫の方に行ってます。何かあれば俺が預かります。どの委員とか係の人ですか」
うーん……多分生徒会の生徒だと思うから、言伝てしてもらって今日の仕事はなかったことにしちゃってもいいんだけど、何となくそれは後が面倒になる気がするんだよな。副会長じゃないけど。
「いや、何処にも所属はしてないんですけど」
「所属してない?」
ものすごく威嚇されている気がする。
「はぁ。会長に個人的に――」
「会長のファンっすか?」
「はい??」
「アンタ以外にもたまにいるんすよ。会長のファンだって押し掛けて来る人」
とんでもない誤解だ。ちゃんと聞く耳を持って欲しい。
「いや、僕はそんなのじゃないですって」
「勘違いしている人はみんなそう言うこと言うんすよ」
「だから――」
「今すぐ出て行ってください!」
その時後ろから声がかかった。
「うるせぇ。なに吠えてんだ?犬飼 」
「あ、会長」
犬飼君というらしいその一年は、ピョンとその場で跳ね上がってから、会長に纏わりついた。
「この人が会長に会わせろって言うからですね、俺が追い返そうとしてたんですよ」
実にいいドヤ顔で、語弊のある言い方をしないで欲しい。思わず苦い顔をした僕を見た会長は、実に楽しそうに笑った。
「へぇ根津、俺に会いたかったのか?」
「甚だしく不本意な誤解です。この方と今までお会いしたことがなかった上に、人を呼びつけておいて会長がいないから」
「あぁ、今まで会ってなかったか?こいつ部活もやってて、こっちに来ている時間少なかったからな」
「そんな方にお留守番任せるなら、きちんと説明しておいてくださいよ。無駄に吠えられました」
「ハハッ。お前がいつもより早く来たからだろうが。犬飼、こいつは俺が今手伝わせてる根津だ。吠えなくていいぞ」
相変わらず腹の立つ言い回しだ。
「す、すみませんでした」
犬飼君は暫し呆気にとられた様子だったが、会長の言葉に慌ててこちらに謝罪する。
「はぁ。まあいいですけど、相手の言い分を最後まで聞く癖をつけた方がいいと思いますよ」
「は、ハイ……」
しょんぼりしてしまった犬飼君が可愛らしくてつい笑ってしまった。
「犬飼、お前倉庫行け。確認は大体終わった。後は体力仕事でお前の得意分野だろ。昼休みで終わんないだろうから放課後もやれ。部活はしばらく休みにしたんだろ?」
「ハイ!ハイ!行ってきます」
項垂れていた犬飼君は仕事が与えられた途端に目を輝かせて、ダッシュで走り去った。廊下は走ってはいけません。
「はぁー。柔順なのは嫌いじゃねえが、あれは元気が良すぎて鬱陶しい」
「でも可愛らしいです」
「あぁ?あぁ、お前はああいう奴甘やかすのが趣味か」
「は?」
「素直で感情豊かで、人に愛されることに何の疑問も抱かない奴」
随分と含みのある言い方をする。
「それはもしかして悠、僕の友人のことを言ってます?」
「そう。お前の大事なお姫様とやら。二年を中心に最近話題になってるぞ。あの表に出し始めた面 の良さと陸上部の奴との関係がな」
それはわかっている。ある方面での危険性が上がっていることも。初めて遭遇した変質者が性的な興味のあるタイプではなく、その後は基本的に警戒心をもって生活してきたから、悠は意外と性的な標的にされた経験がない。いや、なくはないのだが悠に直接行く前に大体僕が振り払ってきた。
だから男子校で性の対象にされる危険性ってものがいまいちピンと来てないだろう。それはそのままでいて欲しいが、その上で悠を守るためには、そろそろ馬場の協力も必要だ。
ムカつくし、ある意味一番危険な相手でもあるのだが、もうそこは好きにしてくれ。僕は出来るだけ触れたくない。何かあったら多分文句は言いたくなるし、万が一それが無理矢理な感じだったら、やっぱり切り落としに行くけど。
そんなことを考えていたら、目の前の会長がそんな僕を見てまた嘲るように笑った。
「何があったか知らねぇが、アイツは長年他人の事情や感情、存在ごと全て切って閉じこもってきたんだろ?そんなことが出来るのは側でそうやってお前が全部肩代わりしてきたからだ。その負担を相手に負わせていて平然と愛情を貪り食っている様なガキは嫌いなんだ。自分の足で立て。寄っ掛かるな」
「……正論ですね」
「悪いか?」
悪くはない。ただ、人は正論だけでは回らないのだ。
「時と場合によります。俺だって全ての人にそんな対応しませんよ。人を抱え込むなんてそう簡単に出来ません。悠に関しては大昔に、絶対にもう二度とあの手を離さないと自分で決めたから」
「いつだ?」
「いつ、とは?」
「お前らのトラウマらしき出来事があった時期だよ。その中身には興味がないが、お前がいつそう決めて、それからどういう出来事にどうやって対処してきたかは興味ある」
「何故?」
「さぁ?」
惚けた回答だが、何かを探し求めるような不思議な真剣さがあった。
その声につられたのか、今までまともに話したことのない事柄が自分の口からついて出た。
「幼稚園の年中さん位ですかね」
「へぇ。思っていた以上に年季が入っていた」
「あの時、何かを見つけて走っていった悠の手を引き留めなかったのは僕だ。いつまで経っても帰ってこなくて、警察も来て大騒ぎになって、どこにいたのか、何をしてたのか、何を見たのか、たくさん聞かれたけど僕自身も混乱していて怖くてまともに応えられなかった。
その後の悠はごめんなさい、ごめんなさいって繰り返すばかりで、この世のほとんどに怯えて怖がるようになった。あんな思いはもう二度としない。悠が大丈夫になるまで全部僕が支えるんだ。そう決めました」
会長はただ黙って聞いていた。
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