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恋とはどんなものかしら[6]
「まずしたのは記録をつけること。今日はどこで何をしたか、何を食べたか、毎日毎日記録をつけました。もう二度と何もわからないなんてことがないように。今読み返しても、汚くて何を書いてあるのかよくわからないんですけどね。
成長するにつれてやれることは増えました。公的機関の使い方及び助けの求め方、記録のための機械の使い方、頼れる大人の見分け方。合気道も習ったけど、それだけじゃ不安でカッターを持ち歩いていた時期なんていうのもありました」
細かい出来事なんて、胸糞悪いのが多くて思い出したくない。
「そう言えば心理学を学んだりもしましたよ。だから本当は僕、わかってるんです。
共依存っていうんですよね、お互いの関係に過剰に依存している状態。自分達がほぼそれだったことは自覚あります。特に中学の頃が酷かった。悠が外を見なくなってしまった原因の大きな理由はむしろ僕にあるんです」
中学の頃は僕も悠も同級生とまともな関係を築いていなかった。世の中の人の区分けは、お互いの家族、警戒する対象、信頼できる大人、それ以外。そんな感じ。これは良くないと気付けても、地元で凝り固まってしまった人間関係を作り直すのは難しかった。
「でも悠はもう、そこから一歩踏み出しました」
だから高校に入って結構必死に友人になれそうな人を探した。結果的にそれが悠の壁を破壊してくれる存在へと繋がったのだから、本当に優希とたっくんに感謝している。馬場にも感謝してないことはない……かもしれない。
「空っぽになってそこに留まっているのは、むしろ僕だ」
僕自身が悠の世界を広げる妨げになるなんて絶対に許せないから、出来るだけ冗談の様にして誤魔化し続けているけれど。でもきっとそんな僕の強がりは、優希にもたっくんにもバレているのだろう。
「会長、初めて会ったときに言いましたよね“聖母にでもなるつもりか?”って。あんな言葉につい反応したのもある意味図星だったからですよ。自分のエゴを指摘されたようで。悠が変わって嬉しいのに、寂しいのがなかなか消えない。燃え尽き症候群?空の巣症候群、はちょっと嫌だなぁ……。そんな時に誰かに頼られたりすれば、それでちょっと慰められたりするのも本音なんですよ」
会長は顔色を変えることもなく、僕の醜い本音を聞いている。否定も肯定もしない態度は何故か僕の口を軽くした。
「でもね、一時の慰めとかだろうが共依存だろうが、そういうものが必要な時期もあると僕は思うんですよね。人からの愛情や好意を当てにしても、寄り掛かってもいいじゃないですか。正しくないかもしれませんけど。
まあ、それでも自分で線引きは出来てると思うんですよ?通りすがりは通りすがりの距離感、友人は友人の距離感。悠との距離感を危ういものにしかけたので、そういう冷静さはあるつもりです。
今は色んなものにすがりながら、何とか自分一人で立てるようにしている最中なんです」
何でこんなことまで話してしまってるのだろうかと、ふと思った。この人に踏み込む気も踏み込ませる気もないはずだったのに。
「僕も会長の嫌いなガキなんです。なのに、何で僕に関わるんですか?僕に何を求めてるんですか?」
「……」
「正しいことですか?それとも有能なことですか?」
無能とか無能じゃないとかそういう言葉もよく使うのは気付いていた。けれど――
「なんか両方、違う気がするんですよね。貴方が本当に求めてることって」
たまたま見てしまった揺れる瞳、はぐらかしながらも何かを希求する声。どうしても、それらが引っ掛かる。
踏み込むべきではないという思いはあるものの、僕の長年培ってきてしまった余計な気質が見逃したくないと訴える。
「人の愛情や好意に寄り掛かりたいのは、実は貴方自身なのではないですか?」
「ククッ……ハハッ!ハーハッハッハッ」
会長は僕の言葉を咀嚼すると、哄笑を上げた。心の底から、可笑しくてたまらないといった感じで。
「そうだとしたらお前がそれを与えてやる、とでも言うつもりか?」
そういうと会長はおもむろに僕の顎に手をかけて口付けた。
「え?!嫌だ!んふっ」
何をされているのか全くわからず、頭の中が真っ白になる。驚いて抵抗しようとするが、体格差であっという間に捕らえられ身動き出来なくなった。
僕の唇をなぶっていた舌がその隙間から入ってこようとしている。思わずその舌に噛み付き、緩んだ隙に掌を振り上げた。
パンッ
綺麗に入った掌がジンジンする。口の中も血の味がして気持ち悪い。
だから暴力なんて嫌いなんだ。
この人が何故こんな行動に出たのかわからない。わかりたくない。
「見損ないました。性暴力なんて」
踏み込んだのは僕の自己満足だ。だからどんな言葉で馬鹿にされても、拒絶されてもいいと思った。攻撃的な言葉だって受けるつもりだった。
「無神経に身勝手に発言したことは謝ります。ごめんなさい。でもこんなやり方で黙らせなくてもいいじゃないですか」
そう言うと、殴られた体制のまま顔を反らしていた会長はバッとこちらを見上げた。けれど僕はもうこれ以上ここにいたくなくて、走って生徒会室を後にした。
何故涙が出るのかわからなかった。
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