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恋とはどんなものかしら[8]
その日の放課後は図書室で本を読むことも勉強することもせず、ただ悠と並んでぼーっと外を眺めながら考えた。悠は時々物言いたげな瞳で見つめてきたけれど、たっくんに刺された釘が効いているのか、僕に何か言うことも聞くこともしなかった。
いつも通り悠を馬場に引き渡した後、僕の足は生徒会室へ向かっていた。
体育祭も終わってこんな時間に残っているかはわからない。けれど、今行かなければその先に進めない気がする。
「失礼します」
鍵のかかっていなかった生徒会室をノックしてから開けると、そこにいるのは会長一人だけだった。
ちらりとこちらを見上げた会長は、またすぐに視線を手元に戻しこちらを見ようとはしない。やっぱりらしくない。尊大な態度にイライラしてたのに、そうじゃなくなると落ち着かないなんて、なんて理不尽なんだ。
「何の用だ?」
「会長に、聞きたいことがあって」
「なんだ?」
「何故、あの時あんなことをしたんですか?」
「あんなこと?」
「……っ!キ、キス、したんですか!?」
顔が熱くなっていくのがわかる。キスなんて単語一つでどうしてこう過剰に反応してしまうのか。本人を前にすると悠達に話した時以上に恥ずかしい。
そんな僕に目を向けた会長から、大きなため息が吐き出された。
「お前は意外と学習能力がないのか?」
そのまま立ち上がった会長は僕の腕を引っ張って部屋の中央にあるソファーに押し倒した。
乗り上げられる体勢となって少し慌てたものの、今回は多少警戒していたのでポケットにいれていたものを相手の首に押し付ける。
「スタンガンです。市販のものなので気絶するまではいきませんが、充分痛いと思いますよ」
相手の目を見てしっかりと伝える。
少し虚をつかれた顔をした会長は、非常に楽しそうな顔で笑った。
「クハハハッ。だからお前は面白いって言ってんだ」
「……そうですか」
「何故キスしたか、ねぇ……」
真上からの視線が僕の唇に下ろされるのを感じて、すごく落ち着かない。この体勢のまま会話をしたくないのだが、一向にどいてくれる気配はなかった。スタンガンのスイッチを弱位なら入れてもいいだろうか。
「嫌がらせだと思ったんですが――」
「嫌がらせ?」
「違う……んですか?」
「……。よくわからねぇ」
「何ですか、それ」
なんか気が抜ける返答だ。ここ数日悩んでいたのが馬鹿みたいだ。
「あの時お前に苛ついたのは確かだな」
「じゃあやっぱり……」
「生憎、誰かの愛情や好意にホイホイ寄り掛かるような素直な性格じゃねぇ」
「……ですよね」
「だから、お前が胸を貸していた通りすがりだか顔見知りだかの距離と同じ様に接してこようとするのなら、そんなもんはいらねえと思ったらキスしていた」
どういうことだか全然わからない。会長自身もよくわかってないように見える。
だが何故だか僕の身体は熱くなって、心臓はドクドクと早鐘を打っていた。
「そもそもお前は何であんなことを言ったんだ?」
「何故か気になってしまって。踏み込まれたくないかもしれないのに、あの時どうしても貴方を放っとけないって思って……」
僕の話を聞いた会長は、真顔で僕を見下ろしていた。
しばらくして、なるほどなと呟いてから片手を僕の頬に当てる。一瞬ビクッと身体が反応したが、何となく抵抗する気は起きなかった。そんな僕を見て何やら満足そうに微笑った会長は、実にムカつくほど整った顔で言い切った。
「お前、俺のものになれ」
辺りを漂っていたはずのいつもの香水の香りが、急激に立ち込めるのを感じた。
「俺のもの、って何ですか?僕は物じゃないんですけど……」
「俺のものは俺のものだ」
「意味が、わかりません」
僕を見つめるその瞳には今までなかった熱を宿していて、全然わけがわからないまま、その熱に引き摺り込まれていく感じがする。これ以上は危険だから眼を離せと思う自分もいるのに、どうしようもなく囚われる。
「逃げるなら今だ。どうする?」
多分言葉通り僕が今この腕の中から逃げようとしたら、逃がすつもりなんだろう。会長の身体に力は入ってない。
けれどここで逃げたら、この人はもう二度と僕を近づけないだろうと思った。そして傲慢なカリスマ生徒会長として、たった一人で君臨していくのだ。
それは嫌だった。
何故かなんてわからない。相手の熱に当てられているだけかもしれない。けれど――
スタンガンを構えていた手を下ろし、会長を見返した。
「逃げないのか?逃げねぇならまたキスするぞ」
頬に触れたままの会長の掌が少し動き、その親指が僕の唇をゆっくり辿る。
僕は何も言わずただ会長を見上げるだけ。是も非も答えないずるい回答だが、相手は満足したらしい。
ニヤリと笑ったその顔が近づいて来る。
僕は眼を閉じなかった。
「ンッ……」
柔らかい感触が一回だけ軽く触れて、またすぐにくっつく。しばらく唇を食んだり、濡れた感触がその上を行き来したりするのを感じた。
こういうことは全く経験がないからどうしたら良いのかわからず、ただされるままだ。息が出来ない。
「はっ。あっ……」
息苦しくて口を開けると、その狭間に舌が入り込んできた。怯えるように縮こまってしまった僕のソレを引きずり出し、絡め合う。クチュという音が聴こえて、余計にいたたまれない。息苦しさと恥ずかしさでもうそろそろ限界だ。
「ん。もぅ、むりぃ」
「歩」
キスの合間にハッキリと初めて呼ばれた名前。霞んでいた視界が会長の眼で焦点を結ぶ。
僕を欲しがっているのが伝わる眼。身体がゾクゾクした。
「ハァッ…かい、ちょ」
「名前で呼べ」
「なまえ……」
「ハ……知らねえとか言わねぇだろうな」
勿論知っている。だが、抵抗があった。
逡巡してる間にキスがさらに深くなる。咥内のあらゆる所に触れられて、初めて知った快感を無理やり顕 にされていく。
「と、もやさんっ!はぁ、もう……やっ」
何故か直後に一層激しく荒らされてから、会長――智也さんがようやくキスを止めた。
最後にわざとらしく水音を立てて離れた唇は、銀糸をひいて未だ僕の唇とつながっていた。
「いいか。お前は俺のものだ」
銀糸を断ち切りながら告げた言葉は、いかにも俺様何様龍ヶ崎様だった。
その瞳に浮かぶ熱には未だ慣れないのだけど。
いつの間にか握っていた智也さんのシャツから手を離し、お互いに身体を持ち上げた。その瞬間にひっそりと、早く堕ちてこいと囁かれる。
もうとっくに、という言葉は口から出ることはなかったけれど。
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