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滋養豊富 風味絶佳【一輝】[1]
天気が良かったから四時間目を抜けることにした。
一週間に二回くらいは授業をサボタージュして、ゆっくり煙草を吸っていたい。
この学校だとこのレベルでも「不良」というカテゴリにされて敬遠されてしまうが、まあ好きにやっているだけだから気にしていない。こちらも特に誰かと関わりたいわけではないし、向こうが避けてくれるのであれば、それが一番気が楽だ。
何となくフラフラといつも行かない所へ行ってみる。最近までこういうときに行っていた場所は、今はもう行かない方が無難だろうと言うのもあった。
ふと、今まで存在に気付かなかった小道を見つけ、ついそのまま惹かれる様にその道を進んだ。
こんなところがあったんだ。
進んだ先にあったのは、おそらく元々は日本庭園だったらしい場所。池は既に埋め立てられて草木も野放図に伸びている。かつてはここの主役だったかもしれない石灯籠は苔むして縮こまった様に佇んでいた。
とりあえず雑草らしきものだけは抜いてあると言った感じで、あまり手の入ってない雑然とした空気は逆に居心地がよかった。
ワシャーと咲いた真っ黄色の花が目に入る。腰より低いくらいの丈の樹だが、滝のように大量の枝が伸びていて、ものすごくエネルギッシュな感じ。一本一本の枝には緑色の葉っぱがズラーッと繁っていて、その先には五つの花弁の明るい黄色の花。そのコントラストが鮮やかで、何となくボーッとそれを見ていた。
煙草を吸おうと思って歩いてきたけれど、ここで吸う気はしなかった。代わりにその花と庭全体が目に入るところに座り込み、ただ目の前の光景を眺めて、その空気を吸っていた。
煙草は好きだけど、本当は煙草をゆっくり吸ってボーッとする時間が一番好きなのかもしれない。だから軽いのをちょくちょく手短に吸うっていうのは好きじゃなくて、ガツンと重いのを一日数本だけゆっくり吸っている。
何かユルくて、同時にエネルギーに充ちた様なここの空気は、ニコチンがなくても気持ちいい酩酊感を与えてくれた。
「あれ?珍しいな。人がいる。こんにちわ」
長いことそこでじっとしていたら、いつの間にか四時間目も終わって昼休みになっていたらしい。
かなりガタイのいい生徒がカバンを持って立っていた。縦もでかいが肩幅もしっかりあって腕とかもぶっとそう。なのにそれほど威圧感を感じないのは、のんびりとして人の良さそうな雰囲気からだろうか。
外履きの色で確認すると二年、同級生だった。俺はわざわざ履き替えるのが面倒で上履きのままだったけど。
挨拶されてしまったので、とりあえず会釈だけ返しておく。
そいつはニコッと笑ってから、そのままこちらを気にすることもなく何やら準備を始めた。さっきずっと見ていた花の前に小さな椅子を置いて座り、スケッチブックを広げた。そしてそのままずーっと手を動かすしていた。
何か書いているのだろうけど、こちらからだとよく見えない。珍しく好奇心が刺激されて、そいつの背後にまわってみた。
「すげぇ」
スケッチブックにはあの黄色い花が描き写されていた。鉛筆だけでどんどんどんどん線が書き込まれていく。シンプルな黒の線描きだけなのに、ポツポツと画面上にも花が咲いていくようだ。すごく丁寧で繊細。
「ありがとう」
そいつは俺を振り向くと、はにかんだように笑って言った。まともな感想になってない、ただ思わず漏れただけの言葉なのに。
「金糸梅が咲いたから、梅雨になる前に描いておきたくて」
「キンシバイ?」
「この花。金色の糸の梅って書くんだよ。綺麗な黄色でしょう?」
思わず頷いた。
「糸はこの蕊 の形から、梅は花の形が梅に似てるから」
話しながらも手は止めない。また一つ花が咲いた。
花の開く様や葉の付きかた、枝のしなりかた、そういったものを綿密に、あらゆる角度から写し取っていく。一つの花を細かく描く時もあれば、一つの枝の根本から先端の花までも描く時もある。枝が重なって密集した全体の様子も描いていた。
「ここは季節の花が咲いているから、たまに来て描いてるんだ。写生のストックはいくらでも欲しいから」
「写生……」
「うん。スケッチとも言うけど、こうやって花とかを見たまま描き写すこと。これを元に作品をつくるから」
「作品?」
「うん。ボク、いわゆる日本画を描いているんだ」
「日本画……」
俺にとっては全く縁もゆかりもない分野だ。
それでも今目の前で次々と描き込まれていく様子はまるでアニメとか映画のようで、俺はじっとその手元を見つめていた。
しばらくするとそいつは筆記用具を筆ペンに替え、さらに描いていった。鉛筆とは違って線の太さが変わるから、全然違う表情になる。
描写自体なら鉛筆の方が細かいけど、筆で描いた方が、生き生きした感じがする。
さっき俺がこの花を見て感じたエネルギーとか生命力みたいなものが、画面にも溢れている、と思った。
「本当は筆で描きたいんだけどねぇ。昼休みだとそこまで時間ないからとりあえず筆ペンなんだ。放課後また来てちゃんとした筆でやろうかなって、顔彩も持ってきて色も着けようかなって思ってるんだけど、良かったら来る?」
夢中になって見ていたのがバレたのか、そいつが俺を誘ってくれた。
それなのに、これに頭を横に降って返さなくてはいけなかった。今日は生憎予定がある。あんなおっさんとの約束より、こちらの方が数倍惹かれる内容だったが、今日行くって言って行かなかったら後が面倒臭い。
「放課後は予定ある」
「そっか」
「……でも見たい、な」
「本当?それじゃあ、また明日の昼休みがいいかな?ここに来てくれる?」
すぐさま大きく頷いた。
「ボクは牛島匠。C組だよ」
「虎尾一輝 。2E」
「虎尾君、よろしく」
差し出された手は大きくて肉厚で、緻密で繊細な絵からはかなりギャップがあるように感じた。
けれど握った手の温かさは、そんな絵に通じている気がした。
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