3 / 10

第3話

 幼い時はどこへ行くのもなにをするのも一緒だった。それくらい仲がよかった。両親が先を心配するくらい互いが互いを必要としていた。それは確固たるもので将来揺らぐなど考えたこともない綾だった。  小学校一年の初夏のことだった。息せききって走り込んできた律にいきなり手を引かれ、綾はその後を追った。律はなにかを見つけたようでそれに対して夢中だった。綾に見せたいものがある、と何度もいい、無理に綾を引っ張っていった。その頃から体格や体力の差が出ていたのだろう。そこへ行く途中で綾は石に躓いて派手に転んでしまった。立てない。律に急かされても動くことができず綾は泣き出した。びっくりした律は一緒に泣き出して、それから綾を自分の背に負うと家までの長い道のりを歩き通した。事情を話し、綾は病院に連れて行かれた。左足首を骨折していた。それからだ。律の態度が変わったのだ。まるで壊れ物でも扱うかのように綾に接する。水臭いことをする、と思って嗜めたこともあったが律は綾に対して慎重になっていった。そこから少しずつ二人の距離は空いていき、今では修復不可能なほどになってしまった。そうして最後の綱を絶ち切ろうとしたのは自分自身。綾は頬杖をついて窓際からグラウンドを眺める。  後悔はしていない。簡単なことでは律の心を繋ぎ止めておくことは難しかった。それに──。  律のことが好きだった。好きどころか律をいつも感じたくて、側にいたくて、自分のものにしたくて。これはもう恋情と言ってもいいのだろう。弟としてではなく一人の男として律のことを愛している。だが律は壊れかけた人形を可哀そうに思っているだけに過ぎない。綾を無条件に愛してくれていたあの頃の律はもういないのだ。だから引き止めた。もう後戻りできないところまで。律は抵抗しなかった。綾には従順でいる律と身体を繋げてしまうことなど簡単だった。そうして繰り返される禁忌にも口出しはしてこない。ただ黙って綾の言う通りにして、身体を差し出している。それがいつも腹立たしい。いつも綾の中には矛盾した思いがある。ひと時でも自分のものになってくれることへの喜び、拒否もせず言いなりになっていることへの焦り。  教師の声がどこか遠くに聞こえる。何度。何度身体を繋いだところで自分は満足することなんてできやしない──。  貪欲な心を持つ自分自身を宥める術を綾は今や持っていなかった。

ともだちにシェアしよう!