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第35話 永久の別れ

「伊織、車を買うなら…飛鳥井の駐車場のセキュリティを固めねぇとな…防犯カメラを増やして…やらねぇとな」 「そうですね…君の車は…危ないですよね」 「ん…危らい……」 康太は…眠気に負けて…眠りに落ちそうだった 榊原は康太を起こし、浴室に連れて行き… 体を洗った後…シーツを変えて…寝る事にした 康太は…寝息を立てていた 疲れて…眠る康太の頬に…キスを落とし… 榊原も瞳を閉じた 康太は…真っ暗闇の中…瞳を開けた 「綾香か…?」 康太の目の前に…一生の母親の綾香が立っていた そして康太の前で…深々と頭を下げた 『康太さん…永らくの旅に出ます… 今日はお別れに参りました』 「綾香…一生と慎一は、任せてくれ… 黄泉に渡れば…慎吾が待っている…逝くが良い…」 『一生を頼みます… 慎一を…愛して下さい 和希と和真を…宜しくお願いします…』 「その願い…しかと引き受けた… お前は…無になり…黄泉の河を渡れ…」 『……最後まで…有り難う御座いました…』 康太が頷くと…綾香は消えた 朝、お腹が減って…康太は榊原の上に乗った 「伊織、伊織ってば!なぁ伊織」 寝惚けた頭に…康太の声が聞こえた… 榊原は目を醒ますと…康太は榊原の上に乗っていた 榊原は…康太が寮に入った…翌日もこうして…乗ってたっけ… と、懐かしく…想い出し…笑った 寮にいた時の康太は…お腹が空いたと…言って寝込みを襲っていたのだ… 「康太…寮に入った頃、良くそうやって…寝込みを襲ってくれましたよね…?」 榊原が言うと…康太の瞳が…翳った そして…辛そうに…瞳を瞑ると…押し黙った 「康太…?」 「………当時は…嫌われてたかんな…オレは…」 榊原は起き上がると…康太を抱き締めた 「康太…愛してます。 今の僕の想いは…解ってますよね?」 康太は頷いた 「今日はどうするんですか?」 「伊織に美容院に連れてってもらって、髪をやる。 伊織も切るか?」 「そうですね。切ります。 でも君が好きな長さは…高校時代の長さですよね?」 「どんな伊織でも好き。でも、さらさらの前髪は…好きだな…残して欲しいもんよー」 「残しておきますよ。 僕も、君の寝癖で跳ねまくる髪が好きですよ ですから少し切るだけにしましょうね。」 「ん。沢庵♪早く食いに行こう!」 榊原は苦笑して起き上がった その時…榊原が康太の腕を掴んだ 「泣いたんですか…?」 「………伊織がオレを鳴かせ過ぎたんだろ?」 榊原は康太の顔を見ていた そんなに…泣き腫らした…瞳は…昨夜見てはいなかったから…… 洗濯物を洗濯機に入れセットをして 康太をキッチンまで連れて行く キッチンに飛び込むと、榊原は康太の前に食事を置いた 大好きな沢庵を少し多目に入れてもらい、ポリポリ食べる 榊原の部屋に顔を出した一生が…キッチンに座る康太を見て苦笑した 「飢えてますのん?」 一生が聞くと、静かに食事を取っている榊原が 「朝から腹減った…と、起こされました」と語った 「今日はどうするん?」 一生が問い掛けると、榊原は美容院に行くことを告げた 「床屋…?俺はパスで良い…」 「一生、その後何処に行こうとも文句は言うなよ!」 康太は意地悪を言ってやる 一生は…怒った顔で…康太を見た 「あ~そう言う事を言うのかよ!」 一生は康太の唇を摘まんで引っ張った 「痛てぇよ一生!留守番してろ! オレは髪を戻すかんな!」 一生は当て付けに…康太の沢庵を総て食べてやった! 「う~!」 空の…器を見詰め…康太は唸った 腹が立った康太は…一生の腕に噛みついた い゛だあ゛~い゛~!!一生が叫んだ 榊原は康太を一生から引き剥がしてやる 「狂犬かよ!くそっ!」 「う~!沢庵の怨み…忘れねぇかんな!」 康太は叫んで…泣きながら部屋へと走って行った 慎一は自分の分の沢庵を、おむすびにして、握り始めた そして海苔で巻くと…サランラップで包んだ 「伊織、食べさせて来ます。 貴方は食事を終わらせて下さい!」 慎一はそう言い、キッチンを後にして… 康太の部屋まで向かった 康太は拗ねて…ソファーに座っていた 康太に特製おにぎりを渡すと、康太は齧りついた 康太は…すんすん鼻を啜りながら…おにぎりを食べた お茶を淹れ…康太の前に置くと 横に座った 「慎一、綾香の病状は?」 聞かれ…慎一は俯いた… 「昨夜…飛鳥井に戻って…医者から電話がありました 意識不明の重体だと言われました… 医者は…時間の問題だと…」 「…慎一、もって今晩まで…だろ? 今朝方…綾香が…オレに別れを言いに来た…。 と、言うことは…長くはねぇ…」 「はい。ですから…家から出たくないんです 駆け付けれる環境の中にいたいんです」 康太は…頷いた 「慎一、オレの頼みを…違わず完遂してくれ…」 「解っております…貴方の想いは…解っております…! オレは…貴方に言われた通りに…総て滞りなく…終わらせます!」 「慎一…頼むな…」 「貴方は…何処かへ行かれるのですか?」 「美容院に行く。髪を戻さねぇとな!」 「伊織と二人で…?」 「そう。全員置いてかねぇとな…アイツは来るだろ?」 「ですね…。」 榊原が食事を終えて戻って来ると…一生もいた 康太は…ニカッと笑ってやった 「伊織、行くもんよー」 康太が急かすと、榊原は部屋に入りセカンドバックと車の鍵をズボンのポケットに入れた 「スーツを着てかねぇと…車庫の事で会社に行けねぇな?」 「ならば、着替えますか?」 康太は頷いた 「一生、慎一、伊織とデートだ♪ 邪魔すんなよ!」とノロケる 榊原は康太を寝室に連れ、スーツに着替えさせた そして、自分もスーツに着替えると…寝室の鍵をかけた 「伊織、久々の『でぇと』だな♪」 「そうですね。二人の時間です。 君の欲しいのは買ってあげますよ♪」 「伊織…愛してるかんな!」 「僕も愛してます!」 一生は、甘すぎですやん…と吐き捨てた 「一生、沢庵の怨みは大きいかんな! でぇとに着いてくんな!」 一生は、はいはい…と不貞腐れて…返事をした 康太と榊原は手を繋いで…ラブラブで外へと出て行った 車に乗り込むと… 「何か有りましたか?」と問い掛けた 「今朝方…綾香がお別れに来た… 今日の夜には…黄泉を渡る…龍騎に頼んで…黄泉に慎吾を迎えに行かせる… あの夫婦は…やっと逢える… だが…それは…子供との…永久の別れとなる…」 榊原は絶句した だから…朝方…康太の瞼が…腫れぼったかったのか… 綾香が…愛する夫に逢える時…… それは永遠に…子供との別れとなる…のだ 「一生は…母親を…亡くすのですね…」 「あぁ…緑川の菩提寺は…もうねぇ… だから、飛鳥井の片隅に…弔ってある 綾香の骸は…そこへ入れる… 家族も…親戚もいねぇからな…密葬で…送るしかねぇ…」 「………一生は知っているのですか?」 「昨日のうちに…時間の問題だと…連絡が入ってる… だから、オレの沢庵を食って…平静を装ってるんだろ? 何時もと変わらねぇと…アピってるけど… 相手が悪りぃよな!見えてんだからな…オレは!」 「一生は康太が見えてるのを知ってるんですよ… それでいて…君に心配かけたくなくて… 平静を装ってるんですよ…刹那いですね」 「伊織、今夜…一生と一緒に行ってくれ」 「君は?」 「飛鳥井家 真贋は、人の生き死には関われはしない…それが定め 況してや…飛鳥井に関係なき者は、その魂…無に還す…だから…送れねぇ! オレは…側についていてやる事も出来ねぇ! オレがいれば黄泉へは渡れぬ 後の事は…総て慎一がやる手筈は整っている オレは…総て終えるまで…姿を隠す… それが…綾香の為……一生の為になる…」 人の生き死には関われない‥‥ その言葉に…そんな重みがあろうとは… 「姿を…隠されるのですか?」 「…今夜と明日は…帰らねぇ」 「何処にいるか…知らせてはくれないのですか?」 「美容院に行ったら、瑛兄の所へ送ってくれ オレは瑛兄と過ごす…そして…明日の朝まで…そこから動かねぇ! そして…今夜…綾香は逝く…一生を支えてくれねぇか…オレの代わりに…」 「解ってます!」 「オレは明日は蔵持善之助と、警備会社の契約に入る。 戸浪の若旦那も一緒だ! だが、蔵持が…気難しいからな…何処でやるかは言えねぇ 午前中から、夕方までは…飛鳥井の今後で動いてる それが終わったら電話をするから…来てくれ… 来る時は…一生に気付かれるな…良いな…?」 「解りました…では美容院に行って… 夜まで…一緒に過ごしましょう…そしたら… 君を…義兄さんの所へ…君を送ります 明日は…君の着替えを持って…迎えに行きます!」 「おう!それで良い…」 榊原は…優しく康太の手を握った 康太は…果てを見詰め… 「オレは…飛鳥井の為にだけ…在る… オレの存在は…驚異なり… 人の生き死には関われはしない… 例え…実の親でも…その死には…関われはしねぇ…それが定めだ… 死に際を看取ってやることすら出来ねぇんだからな…」 吐き捨てた 「一生は……そんな事は…百も承知してます 君の側にいるのは…容易い事ではない… 解っています…僕は君の分も…一生を支えます…だから!自分を責めないで…」 「伊織…天涯孤独になる…それがどれだけ辛いか…解るか?」 「でも!一生には君がいる! 飛鳥井康太が…いるじゃないですか!」 康太は…瞳を閉じた… 「綾香は…オレに詫びて…息子を頼みに来た 慎一や和希と和真を…頼むと…最後の力を振り絞って…来た…」 「君は…泣いていたんですね…」 「………一生の事を想えば…涙は止まらねぇ…」 「一生は誰よりも母親を愛してましたからね…」 「素直じゃねぇかんな…アイツは… 抱き締めてやりてぇのに…オレは…行けねぇんだ…」 榊原は康太…と言い…優しく手を握り締めた 美容院に行き、髪を黒く戻した… 榊原は、少しだけカットしてもらい、康太の好きな前髪は…残ったままだった それから…夜まで…ホテルを取り…二人で過ごした 日が暮れると、ホテルをチェックアウトして 飛鳥井建設へと康太を連れて行った エレベーターに乗り、最上階を押す 副社長室をノックすると…瑛太がドアを開けた 康太は…瑛太に抱き着いて…泣いた 「康太…?どうしましたか?」 瑛太が榊原を、見た 「義兄さん…今晩一晩…康太を預かって下さい…」 「喧嘩でもしましたか?」 「違います…一生の母親が…亡くなります… 康太は…一生の側には行けません 僕は康太に…一生の側にいてくれと託されました… ですから義兄さん…僕は義兄さんに康太を託します! 預かって戴けますか?」 瑛太は…その瞳を閉じて 「綾香さんは…黄泉に渡りますか…」と呟いた 「僕は…康太の願いを…寸分違わず…完遂します… 一生を支えて…総て執り行います ですから、今晩一晩…康太の側に着いていて下さい!」 「解りました…康太は…飛鳥井家 真贋 人の生き死には関われはしない… それが定め… 康太は…私が預かり…君に返しましょう! 私は、今日は仕事を切り上げます 康太の良く利用していたホテルニューグランドに部屋を取ります 私の携帯に…連絡してくれれば…直ぐに取れるようにしておきます」 「頼みます…義兄さん」 「伊織…一生と慎一を頼みます…」 榊原は頷いた 「では…僕は…飛鳥井へ帰ります」 榊原は背を向けると…振り返らず…部屋を出て行った 康太は…瑛太のスーツを握り締め…その姿を見送った 瑛太は…康太を抱き上げると…社長室をノックした 部屋から出てきた清隆は…泣き腫らした康太の顔に…眉を顰めた 「何か…有りましたか?」 「綾香さんが…黄泉を渡るそうです 私は伊織に…康太を託されました… このまま…ホテルに部屋を取り着いています 父さん達は…何かあったら…力になってあげて下さい…」 「解りました。伊織が康太をお前に託したのですか?」 「はい…そうです。」 「そうですか…では…康太を頼みますね」 清隆は…康太に深々と頭を下げた 瑛太は康太を抱き上げ…社長室を後にした そしてエレベーターのボタンを押す… 開いたエレベーターに乗り込み…地下へと向かう 途中…栗田がエレベーターに乗り込んで来た 「康太…?副社長?何かありましたか?」 思わず…瑛太に縋り着いている康太の姿に…問い掛けてしまった 「一生のお母様が…黄泉を渡るそうです これで本当に…一生は天涯孤独になる… それでも…康太は駆け付ける事も出来ませんからね…仕方ないんです」 一生の母親が… 栗田も言葉をなくした 康太の為なら…刃の前に出て…康太を守る…緑川一生… 栗田は…天を仰いだ… 「飛鳥井家 真贋は人の生き死には関われはしない…それが親でも兄弟でも…死に際には立ち会えないのです… 一生の側にいてやりたいと想っても…康太にはそれが出来ません…定めなのです…」 何と…辛い… それを定めだと……言うのか… あまりにも…それは…報われない 康太も…一生も…哀しすぎる… 栗田は…堪えて… 「康太…オレに何か出来るのなら…出来るように…飛鳥井の家へ…向かいます… だから貴方は…哀しまないで…」 瑛太は…栗田に「頼みますね……」と頼み ベンツの助手席に…康太を座らせた 瑛太はホテルニューグランドに康太を連れて来ると…部屋を取った 「予約していた飛鳥井瑛太ですが…」と言うと…フロントの係員はジロジロ…瑛太を見た 執拗に見られて…瑛太は眉を顰めた 「瑛兄…参考人招致の後だからな…仕方がねぇんだ…」 康太が瑛太を…たしなめる為に言う 康太は…こんな想いと引き換えに…飛鳥井を救ったと言うのか… 瑛太は胸が痛かった… 「康太様…お久し振りです…」 声がかかって…振り返ると…総支配人だった 「今日はご兄弟で…お泊まりで御座いますか?」 「総支配人…定年退職したんじゃねぇのかよ?」 康太は知っていて…声をかけた 「定年退職致しました。 ですから、副社長の座に戻りました」 総支配人は悪戯っ子みたいに笑った そして深々と頭を下げた 「康太様。瑛太様。係りの者が大変失礼を致しました… 私は…瑛太様が部屋を取られたと連絡が入ると下に出て…貴方を待っておりました… ですから、今の態度は…心より…お詫びを申し上げます…」と謝罪した 総支配人…嫌…副社長は、フロントの係員に、客をジロジロ見るとは…失礼な事を何故遣りますか!と怒った 「飛鳥井瑛太様、康太様、ご兄弟には…失礼な不快感を与えました事を深くお詫び申し上げます!」と謝罪した 康太は…諦めた口調で… 「参考人招致の後だからな…良く在るから…仕方ねぇ…謝らなくて良い」と、たしなめた 「いいえ康太様、参考人招致だろうが、証人喚問で有ろうが…テレビで流れたとしても… 我等ホテルマンは…客を…見下した時点で…失格なのです! ホテルマンたるものお客様には…最善のサービスを提供せねばならない! その鉄則を守れぬ者! 我がホテルには必要なし!不要なのですよ! 今、手配致しました! 手慣れたホテルマンが受付します故…御待ち下さい」 暫くすると、ジロジロ見ていたフロントは変えられ…深々と頭を下げる社員が…続きの手続きをして、瑛太にkeyを渡した 「今後一切、この様な事がありませんように、最善のおもてなしを心掛けます」と副社長は、深々と礼をした 康太は何も言わず…笑った keyを貰った瑛太は、康太を労る様に歩かせて…部屋へ向かう 副社長自ら…部屋を案内する為に…エレベーターに乗った 「康太様…何かあられましたか? 嵐を纏った…貴方と何度もお逢いしました ですが…今夜の貴方は…儚げで…胸が痛みます…」 「副社長、明日、最高の部屋を一室、用意してくれねぇか?」 「承知しました。」 「その部屋には…蔵持善之助が、やって来る 彼は気難しいからな…最高のスタッフでもてなして欲しい…頼めるか?」 「ならば…私が先導指揮を執りまして…貴方の望むまま…おもてなしをさせて戴きます!」 「頼むな…オレは…今夜は…追悼の意を持って…偲ぼうと…想ってきた… だからな…明後日まで…部屋を借りる…良いか?」 「康太様…偲ばれる為に…おいででしたか…」 「副社長も知ってるだろ?オレの横で、何が在っても…盾になる血気盛んな…緑川一生…の母親が…今夜死ぬ…」 「……あの方の…御母様が…」 副社長は天を仰いだ… 部屋を案内して…部屋の鍵を開けると…瑛太と康太を部屋に通し… 「後で…お茶をお持ち致します…では失礼致します…」と部屋を後にした 康太は部屋に入ると…ソファーに座った 瑛太は康太を膝に抱き上げて乗せた 「髪を戻して来たのですね…似合ってます」 「悠太の入学式も近付いたかんな…」 「康太…堪えて下さい…」 「瑛兄…解ってんよ…。オレの仲間も…解ってる…」 「兄は…伊織にお前を託された… 今夜は…側にいてあげます… 明日の朝は…君は…忙しそうですからね…」 「警備会社を変えようと想ってな… 4月からは…蔵持善之助の経営する警備会社と契約する…」 「それは…君が決めれば良いです…」 「瑛兄…オレと歩くなら…覚悟が必要かもな…」 「私は君の兄である事を恥じてはいません ですから覚悟も…偽りも…私には不要! 愛して止まない…お前が恥の筈など…ないでしょ? 伊織だって、そう言いませんか?」 「言う…オレは…驚異でも…恥でも…ない…と。」 「愛してますからね…伊織は、君だけを。」 「瑛兄…」 「今夜は…添い寝してあげます… 誰よりも…君を甘やかして…あげます…」 ドアがノックされて…瑛太がどうぞ…と声をかけた 瑛太は…康太を膝の上に乗せたまま…微動だにしなかった… お茶を運んで来た…給仕はプロの仕事をして…お茶を用意して…部屋を後にした 瑛太は…お茶…飲みますか…と声をかけた 康太は頷いて…瑛太に椅子に座らせて貰った そして……窓の外の…夜景を……何も言わず…見ていた 夜になって…一人で帰って来た榊原に、一生は康太は何処だと…問い掛けた 「今夜と…明日は…康太は帰って来ません…」 榊原が言うと…一生は…何処へ行ったんだよ?と食って掛かった 「今夜は…瑛太さんにお願いして来ました…」 「瑛太さんに?何故?」 問い質されて…榊原は瞳を伏せた 「今夜…君の御母様が…黄泉を渡るそうです 康太は…側にいられないので…帰りません そして…総ては慎一に一任してあるそうです…僕は…それを手伝い…君を支えてくれと…康太に頼まれました だから、康太を瑛太さんに託して来ました」 一生は…力なく…応接室のソファーに崩れた 「やっぱし…アイツは…誤魔化されねぇか…」 「今朝方…綾香さんが…永久の別れを…言いに来て…一生や慎一、和希と和真を…託されて…康太は…引き受けたと言ってました 黄泉には…緑川慎吾が…迎えに来て…あの夫婦はやっと巡り会える…と言ってました 夫婦が…巡り逢う時… 最愛の息子とは…永久の別れとなる… 康太は…一晩中…泣いていました…」 榊原が言うと…一生はソファーに突っ伏して…泣いた… 「康太を悩ましたくなんか…ねぇのによぉ…」 一生の叫び声こそが…真実を物語っていた 緑川一生の想いは1つ 飛鳥井康太と…共に在る…願いだけだった 康太の一番でいよう…共に生きよう… あの日…康太を陥れて…ボロ雑巾の様に瑛太に殴られた…康太を目にした日から… 心に決めて…生きて来た 康太を守る 康太に刃が…向かうなら…自分はそれを身を持って…阻止する…壁になろう… 康太の進む前を…邪魔する奴がいるのなら… 何としても排除する… 康太は…常に…逃げ道を作らない その行く道が…例え…道がなく…断崖絶壁が在るとしても…共に逝くと…決めたのだ! 飛鳥井康太と…人生を共にすると…誓ったのだ 我等四悪童…誇りに誓う 血の誓いを…した日から、想いは1つだった だから! 康太を泣かせなくはなかった… 知れば苦しむから…知らせたくはなかった 最後の別れ…? ふざけるな…母さん! 貴方は…黙って…逝けば良かったんだ! 一生の嗚咽が…応接室に響き渡った 誰よりも…康太の想いを…解る… 一生の…想いを…吐き出すように… 部屋に響いた 榊原は、ソファーに突っ伏して泣く一生の体を起こして…抱き締めてやった 「一生……」 榊原が一生を抱き締めた… 「君の事を…誰よりも想っているのは…康太です… その君を支えてもやれないと…康太は…泣いていました…」 「解ってんよ…旦那…康太の想いを…。 俺を抱き締めようにも…真贋と言う存在が…そうはさせてはくれねぇ…のをな! 俺は…康太には…知らせたくなかった… アイツは…誰よりも…重い責務をその背に背負って生きてんだからよぉ! 俺の為に…泣かせたくねぇ…苦しめたくねぇ…それだけなのに…それさえ…させてくれねぇんだからよぉ!」 「病院に行きますよ…」 一生は……頷いた 「君には…飛鳥井康太が…着いてます 僕もいる…慎一も聡一郎も…隼人も力哉もいます… そして…飛鳥井の家族が…います」 「……旦那…悪かった…」 榊原は一生を促した 立ち上がると、榊原は力哉に声をかけた 「康太のスーツは応接室の…壁に出しておきました…行くのなら…着替えの入ったバッグと…スーツを持っていって下さい頼みます…」と指示を出し… 榊原は一生を促し、外の駐車場へと向かった 駐車場に出ると…栗田が車を停める所だった 榊原は「栗田…?」と声をかけた 栗田は、榊原に頭を下げると… 「会社で…康太に逢いました…。力になれる事があるかと想い…参りました…」 「栗田…助かります… 病院に…乗せて行って下さい 一生と慎一は僕が乗せて行きます 聡一郎と隼人を…頼めますか?」 「解りました…貴方の…後を着いて行きます」 栗田は、聡一郎と隼人を後部座席に乗せると…榊原の車の後を追うことにした 飛鳥井の家の側を…笙が通りかかり… クラクションを鳴らした… 榊原は、頭を下げただけで…笙の…横を通り過ぎて走って行った 笙は…ただならぬ雰囲気を感じて…榊原の後を追った… 行き先は…国立癌センター… 榊原は病院の駐車場の中へ入り…車を停めた 笙も車を停めると…車から降り…榊原の元へ走った 「伊織!何があったのですか?康太は?」 「兄さん…来てしまいましたか… 説明は…後でします…とにかく着いてきて下さい!」 榊原は院内の…奥に在る…ホスピスへと向かった だが…綾香は…集中治療室に…移された後だった 一生の母親の移された…集中治療室へと行く 榊原達は…そこへと向かった 一生と慎一は…治療室の中に…入って行き 榊原は…その前の椅子に座り…兄の笙に事情を話した 「一番……一生に着いていたいのは…康太です ですが、康太は…飛鳥井家 真贋… 人の生き死には関われはしない…定めだそうです… ですから…康太は…出産や…臨終には…立ち合えないのです 康太は…泣いていました… 泣いて…僕に一生を頼むと…言ってきました」 康太は…笙に総てを話をした 家族ですら…臨終は…看取れない… それが康太の生きる…定め……の惨さに… 笙は…康太を想い…涙を流した そして、院内の外に行くと…清四郎に電話した 「父さん…笙です」 『笙?どうしました?』 笙は一生の母親の事や…康太の想いを語った 「父さん…康太が側にいてあげられないと言うのなら… 僕達が…康太の分も…見送ってあげたいのです…」 笙が言うと…清四郎は直ぐに行きます…と告げた 戻った笙は、父が来ることを…榊原に告げた 「何故…?」 「飛鳥井康太は…我等家族には…なくてはならぬ存在! その康太が…大切にしているのは…お前と…仲間と家族だ 康太の為なら…その命惜しみ無く盾になる…一生の事を…康太は…守ってやりたいのに…側にもいれぬのなら…変わりに僕達が守る! 僕達は…康太の想いを…知った以上は…黙っては帰れません!」と弟に言い捨てた 暫くすると…清四郎は真矢を伴ってやって来た 「康太は…飛鳥井家 真贋は…人の生き死には関われはしない…と源右衛門に…前に聞きました… 康太が一番…一生の側にいて…守ってやりたいのに…それさえ出来ぬとは… 定めとは言え…酷すぎます…」 榊原は…何も言わず…祈り続けた 「康太は…?」 「瑛太さんに…託して来ました… あの方は…僕の願いを汲んでくださり…康太を預かって…くれました…」 「そうですか…瑛太が…」 清四郎は……涙を拭い…真矢と共に、一生の側へと…向かった 一生は…突然現れた…清四郎に驚いていた 清四郎は何も言わず…一生を抱き締めた 真矢も…何も言わず…慎一を抱き締めた 一生は…堪えていた…箍が外れ… 清四郎の胸の中で…号泣した 慎一も…母の様な優しさに包まれ…泣い 康太は…果てを見ていた 瑛太は…康太をベッドに寝かせ…添い寝していた 瑛太の指が…果てを見つめる…康太の瞳を閉じさせた そして…胸に抱き…頭を撫でた 康太は…瑛太の胸に顔を埋めるが… 欲しい胸は…もう……この胸ではなくなっていた 欲しい胸は…この世で一人 榊原伊織…彼だけだ… でも…辛かった幼少期に…支えてくれたのは…この胸だけだった… 「瑛兄…ごめんな…」 「気にしなくて良い…私は伊織に託されたのだ… 伊織は…大切なお前を…私に託してくれた… 信頼されてると…想ったから嬉しかったのですよ…私は…」 「伊織は…兄でいたい瑛兄の気持ちは…解ってる あの人の事は…心配していません…って良く言うかんな…」 「そうですか。帰ったら…抱き締めて…チューですよね…康太?」 「……すげぇ喜ぶと…思う…」 「やっぱり。そうですよね。」 瑛太は…笑って…弟を強く抱き締めた 瑛太に抱き締められ…瞳を閉じて… 神経を…張り巡らせる… 夜中に…差し掛かろうとしている時間に… 綾香の…魂は…抜けた… 抜けた魂は…紫雲龍騎の手によって… 黄泉へと導かれる… 康太は…ベッドから起き上がった 「逝くか…綾香…」 紫雲龍騎に連れられた魂が…頷いた 「龍騎……慎吾に…引き渡してやってくれ… それが…慎吾との約束だ…頼むな…」 『必ず…黄泉にお連れして… そなたの願いを叶えてやろう…案ずるな康太… 私の命に変えても…お前の願い…叶えてやる…』 康太は…頷いた 「逝け…綾香…!夫の側に逝くが良い…」 紫雲龍騎が…綾香の魂を連れて…消えて行く その時…瑛太の携帯が…けたたましく鳴り響いた 康太は…その携帯を手にすると 「逝ったか…」と一言…口にした 『康太?…はい。緑川綾香さんは、たった今 黄泉へと旅立たれました…』 「紫雲龍騎が…今…最後の挨拶に来た… 伊織…一生と慎一を頼むな…」 『はい…我が父…も参りました… 栗田も来てくれてます…貴方の…意を受け継いだ者が…来てくれて…支えてくれてます 此方は…大丈夫です…康太…愛してます』 「伊織…愛してる…オレも…」 瑛太は…康太の携帯を貰うと…電話に出た 「伊織…ご苦労様でした…。 葬儀…は、私も出ます…。康太の所に戸浪さんがおみえになりましたら…そちらへ向かいます。」 『義兄さん…康太を守って下さってありがとうございました…』 「私こそ…康太を託してくれて…ありがとう…と言います。」 『義兄さん…康太は…泣いてますか…』 「ええ…静かに…泣いてます…」 『……!義兄さん…お願いします 僕は……儀礼に乗っ取って…葬儀を済ませます 密葬ですので…通夜は省き…葬儀を、執り行います!』 「頼みますね…」 榊原は、はい。…と言い…電話を切った 瑛太は…康太を抱き締めた 「……伊織が…お前の想いを汲んで…総て…滞りなく…済ませてくれる… 私も行く…父や母も…最後は見送るつもりです…。 飛鳥井の為に…生きてくれた夫婦です… 最後のお別れは…させて戴く…」 康太は…頷いた 「瑛兄…それでもオレは…この場所には留まれねぇんだよ… オレは…もう…果ての為に…動かねばならねぇ… 先に行かねば…ならねぇんだよ…」 「解ってます…。君は…その為に在る… 君は進めば良い…後ろを振り返らず…進みなさい… その為に…私や伊織は…在るのですから… それを誰よりも解って…君を支えるのは… 榊原伊織…君の伴侶だけです… 兄が…抱き締めているので…瞳を閉じなさい」 瑛太は…康太をベッドに寝かせ…抱き締めた 康太の瞳には…綾香の…亡骸に… 顔を埋め…泣く…一生の姿があった… 康太は…気を飛ばし…一生を抱き締めた 『一生…オレが…いる…だから泣くな…』 と優しい…康太の腕の感触に…一生は顔を上げた 「康太…康太!」 一生が叫んだ 榊原が「康太が来ましたか?」と尋ねた 一生は……頷いて…瞳を瞑った… 離れていても…お前は…側にいてくれるんだな…康太… お前が優しすぎるから… 涙が…止まらねぇじゃねぇかよ! 朝、6時には起きて…力哉を呼ぶ すると力哉は…康太のスーツを持ってやって来た スーツを瑛太に渡すと、瑛太が康太に着替えをさせた 服を脱がせ…Yシャツを着せネクタイを締める ズボンを履かせ…上着を着せ…ポケットチーフを胸ポケットに差し込み…調整した 「力哉、康太といてくれますか? 私は…飛鳥井に戻り…綾香を見送ります」 「解りました。気を付けて行ってきてください」 瑛太は…力哉を抱き締めた 「お前の分も…綾香を見送って来ます…」と言葉にした 一生を今、支えているのは力哉だと…解ってる言葉だった 力哉は…黙って頷いた 「力哉、部屋を取って来い! 飛鳥井建設の警備会社を変える、その契約をする 蔵持善之助が来るからな、足元見られるような部屋は取るな!」 康太は…既に…先を歩き始めていた… 飛鳥井康太の歩は止まらない その歩み…着実に先を捉える… 「解りました!もう直き、トナミ海運社長も到着されます!」 康太は…そうか…と言うと…ソファーに足を投げ出した ソファーに寝そべる…康太の髪を…瑛太は…撫でた 「では、私は、若旦那と入れ違いに…帰る事にします…」 「瑛兄…」 「何ですか?」 「一生を頼む…」 「解ってます!」 頭を撫でられ…康太は…瑛太の手に擦り寄る 戸浪海里がドアをノックすると…力哉が…ドアを開けた 「康太は…?」 「部屋の中におみえです」 戸浪は案内されて部屋の中にはいると… ソファーに寝そべる康太と…康太の髪を撫でている…瑛太の姿があった 「伊織は?」 想わず聞いた程だった… 瑛太は…何も言わず…立ち上がった 「若旦那…康太を宜しくお願いします!」 頭を下げて…瑛太は…外へと出ていった 「康太…何か有りましたか?」 戸浪は…康太の横に座った… そして瑛太が…撫でていた様に…康太の頭を撫でた 「一生の母親が…黄泉を渡った…」 ……………!!戸浪は…息を飲んだ 「君は…行かないんですか?」 「オレは…行けねぇんだ… 人の生き死には関われはしない…それが飛鳥井の真贋だからな…」 戸浪は…康太の髪を優しく撫でた… 一生の側に…一番いてやりたいのは…康太なのは解っていた… 戸浪は…康太を抱き締めた 「これで…一生は…天涯孤独になっちまった アイツの肉親は…慎一と…流生だけだ…」 戸浪は…胸が痛かった… 「一生には……貴方がいる……。」 康太は…戸浪に…抱き着いた… 若旦那…と胸に顔を埋め…肩を震わせた 戸浪は…康太の脇に手を入れ…膝の上に持ち上げると… 優しく抱き締めた 「時間が来るまで…貴方を甘やかしてあげます。」 「若旦那…」 「伊織は…一生の側にいますか?」 康太は頷いた 「頼んだから…。オレは…側には行けねぇから…」 「そうですか。」 「若旦那…」 「はい。」 「蔵持の前で…伊織の話は…NGだかんな! 気難しいから…帰ってしまう… 後、俺を独占しまくる…からな…捨てておいてくれ…」 「解ってますよ…。」 「若旦那…ギュッとして…」 康太が頼むと…戸浪は…力を入れて康太を抱き締めた 抱き締めて…改めて解る… 万里や千里位の抱き心地しかない… 下手したら…それより軽いかも… 動く時の康太は……誰よりも大きく見える 自分を奮い立たせて…立ち向かう…その姿は誰よりも果敢で…頼もしい… だけど…こんなにも…小さく…痩せた… 体で…闘っているのだと知ると…胸が刹那くなる 「甘えたい時は…甘やかしてあげますよ 伊織とは…違って…父の愛をあげます」 康太は…戸浪の胸に顔を埋め…頷いた 力哉が…時間です! と、呼びに来るまで… 戸浪は康太を抱き締めていた 「康太!時間です!戸浪さんも、ご案内致します!」 力哉が康太と戸浪をドアで待つ 二人が出ると…力哉は先に歩き出した 康太は…もう、泣いている…弱気な姿はなかった 果てを見る姿は…弱さなど…欠片もなく…不敵に笑っていた ホテルニューグランド 最上階 天皇陛下もお泊まりになった…最上級の部屋の一室 ホテルニューグランドの副社長が先導を切って見繕った部屋は…申し分のない…物だった フカフカの靴が埋まるようなカーペットを…踏みしめ部屋の中に入り…蔵持善之助を待つ 蔵持善之助は、秘書を伴い…約束の時間の…20分前には…やって来た ブランドのスーツを然り気無く着て…康太を見付けると…笑顔で近寄った 「康太…逢いたかったです…」 「善之助、悪かったな…忙しいのに…」 「君が逢ってくれるなら…私は…どんなことをしてでも、駆け付けます」 善之助の秘書は顔色一つ変えず…主を見ていた 力哉も…戸浪も…立ったまま… 二人を見ていた 「善之助…座らねぇか? しかも…先に…契約してくれねぇか?」 「解りました!では、契約をする事としましょう!」 蔵持善之助の顔が…変わった 政財界を牛耳るドンと謂われる…人間に相応しい…面構えだった 「康太、此方が…戸浪海里さんですか?」 「そうだ!挨拶をしろ!」 善之助は、戸浪海里に頭を下げると 「蔵持 善之助です。戸浪さんとは…長い付き合いになると康太が申しておりました 今後も…宜しくお願いします!」と手を差し出した 戸浪はその手を取り、握り締めた 「トナミ海運 社長 戸浪海里と申します 宜しくお願いします!」と挨拶をした それを見届けて…康太はソファーに座った 善之助は秘書に「契約書を出しなさい!」と申し立てると、秘書が書類を出した 警備内容、料金、等々細かい詰めは、秘書同士…話し合って…契約の話を詰めて行く 「康太…戸浪さんも警備会社を変えるのですか?」 「……嫌…お前に会わせたくてな… それと布石だ…戸浪は…日本に延びる…海運だ 知り合ってて損はねぇ…人は…そうして縁を結わえて…伸びて行くのだ」 康太に言われ…善之助は戸浪へと歩み寄る 「戸浪さん……私は…臆病な人間です… 康太に出会うまで…色んな世界も知らない…世間知らずでした こんな私ですが…仲良く…してもらえますか…」とやっとの事で…戸浪に言うと… 戸浪は…善之助を優しく見つめ 「此方こそ…宜しくお願いします… 私も…康太に出会わねば…視野の狭い人間のまま生きて行くところでした… 仲良く…していただけるのなら…此方こそお願いします!」と善之助に声をかけた 戸浪海里の優しさに…蔵持善之助は、康太が何故…戸浪に逢わせたか…を知った 案外…気が合うかもしれない 側にいて…不快感も…なく、自然にそこにいる…古くからの友みたいに思えた とても不思議な感じだった 契約が終わる頃には…善之助は、康太と戸浪の間に座って…楽しそうだった 「飛鳥井康太様、秘書の方と、話を詰めました。 この契約で異存がなくば…サインをお願い致します。」 康太はサインをすると、秘書は 「4月1日から、派遣致します!宜しくお願いします!」と頭を下げた 康太も…立ち上がり 「宜しくお願いします!」と頭を下げ 契約は終わった 秘書は善之助に 「午後5時から会食が入ってます。 4時半に、お迎えに伺います…」と言い、部屋を出ていった 善之助は康太を膝に抱き上げると、 「食事をしましょうか。」と楽しげに話し掛けた 「若旦那も一緒で構わないか?」 「はい。若旦那とは案外気が合いそうです。 こうして貴方と若旦那と一緒に座っていても…違和感がない… 最初は…怖かったんですよ…貴方以外の…人間と…一緒は嫌です… 況してや…君を誰かと…共有もしたくないです… でも若旦那は解っていて…至極自然に…それを受け入れてくれて…違和感がない… お知り合いになれて良かった 貴方とは…長い付き合いになりそうだ… たまには…食事でも…付き合って下さい 康太以外の方と…プライベートで食事はした事ないので…上手くは喋れませんけど…許してくださるのなら…食事でもしませんか?」 善之助は優しい顔をして戸浪を見ていた 「会話だけが…総てではありません… 楽しく食事が出来るのであれば…私は…喜んで…伺います」 戸浪の言葉に…善之助は涙ぐんだ 「康太…紹介して下さって…ありがとう 私に初めて出来た友達です…」 康太は善之助を抱き締めてやった この日の蔵持善之助は、饒舌で… 戸浪と康太と楽しく会話に花を咲かせ 康太を一頻り…抱き締めて… なついていた 「明日、蔵持の執事が、君の車を会社に持って行きます」 「気を使わせたな…」 「君に贈る…プレゼントです…気になさらないで…」 善之助は本当に嬉しそうに…答えた 戸浪は優しく…その光景を見詰めていた 昼を取り、お茶を飲み…楽しい時間は…過ぎて… 善之助は…秘書が迎えに来た時には… 至極残念そうな顔をした 「善之助、また逢おう!連絡してくれ。」 康太が言うと、頷いて…子供みたいだった 善之助は康太を抱き締め…キスして 戸浪を抱き締めて…帰っていった 善之助が還ると康太は戸浪に 「若旦那…下の部屋で…お茶でもしませんか?」と申し出た 戸浪は快く了承して、部屋を引き払った 力哉が…支払いに行くと…蔵持善之助が支払った後だと言われた 康太は元いた部屋に戻り、ソファーに座ると溜め息を着いた 戸浪は康太の髪を撫で 「蔵持善之助さんとは…古いのですか?」と問い掛けた 「10年前…出逢った。 傲慢で…我が儘で…何も持たない…可哀想な善之助に初めて逢った時…オレは…善之助に目の敵にされていた オレが気に入らなくて…喧嘩を吹っ掛けられ…手を焼いた そんな善之助を殴り…矯正した… それ以来懐かれ、甘えられてる 政財界のトップを行くストレスは大きい そのストレスの分だけ…甘えて…懐かれる そろそろ…オレ以外も…知らせねぇとな… 知り合いになってて損はねぇ…でも甘くはねぇ…!あの男は…な。 あの秘書が…一筋縄ではいかせねぇかんな! 秘書の目には…お前は合格と映った また逢おうって…連絡が来るぜ!」 「気に入られたのですか…?」 「気に入った見てぇだぜ。 大丈夫だ。キスすんのはオレにだけだ。 懐くのも…オレにしかしねぇよ」 「康太は…あの方にとって…総てなのですね」 「アイツの総ては…日本経済の建て直しだ! それがあの家に産まれた…善之助の定め 日本の経済を…誰よりも直視して…手を下さねばならない 謂わば…経済の番人…日本の経済の中枢にいるのは…アイツだ そして…物流の中枢にいるのは…戸浪海里…お前だ 二人を引き合わせるのは…オレの定め この先…二人は…日本と言う…大きな屋台骨の…一部になる」 戸浪は言葉もなかった 康太は…疲れた様に…その瞳を閉じた 「若旦那…この後どうなさいますか?」 「会社に戻ります。」 「忙しいのに…お呼び立てして…申し訳ありませんでした…」 「君の側に…行きたい時が有るんですよ 善之助さんも…きっとそうなんでしょうね… そんな時は…君に逢いに行くのを優先します ですから気になさらないで…」 「若旦那…」 「今暫く…君を抱き締めています… 帰るのは…それからにします…」 戸浪は康太を優しく抱き締めると瞳を閉じた 康太と…戸浪は……抱き締め合って…眠りに落ちた 戸浪を迎えに来た…田代が驚く程に…戸浪は熟睡していた 総て…滞りなく…綾香の密葬を済ませた榊原は、力哉に連絡をして…居場所を聞いてホテルへ向かった だが…榊原が来ても…二人は眠ったままだった 榊原は苦笑をして 「離せない…じゃないですか…」とボヤいた 田代は「引き離しましょうか…」と思案するが… 「田代さんには…引き離せるんですか?」と想わず問い掛けた 田代は…うっ!と息を詰まらせ…思い止まった 「無理かも…」泣き言を言うしかなかった 気持ち良さげに…寝ている二人を…そのままにさせて 榊原は、田代と力哉を交えて…お茶にした お茶を終えると…榊原が康太の横に座った すると…愛する男の臭いに…康太は目を醒ました 「伊織の臭いがする…」 犬並みの嗅覚で…榊原の臭いを嗅ぎ分けると…康太は手探りで…手を伸ばした… 榊原は、その手を掴んだ 握られた方を向くと…榊原が座っていた 康太は……引き寄せられ…榊原の胸に収まった 嗅ぎなれた…榊原の臭いに満たされ…康太は…榊原の背を掻き抱いた 戸浪も…目を醒ますと、榊原の姿を目にした 「迎えに来られたのですか?」と戸浪が榊原に問い掛ける 「はい。総て…滞りなく…終わりました」 「一生は…どうしてます?」 「飛鳥井に帰りました」 「そうですか…辛いでしょうね…」 「一生は…康太がいない方が辛いと…泣いてました」 戸浪は……息を飲んだ 「緑川…一生。彼は…飛鳥井康太の為に生きていると言っても過言ではないですからね…」 榊原は頷いた 戸浪は立ち上がると… 「近いうちに…一生に、逢いに行きます 今日は楽しかったです…」と言いお辞儀をして…田代と帰宅の徒に着いた 力哉は…二人だけにして…部屋を後にして飛鳥井に帰ると言い…部屋を後にした

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