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第70話 好敵手
一階まで降りて、応接室のドアを開けると
来客に…目が止まった
康太は何時もの席に座ると足を組んだ
「珍しい人間がいるな…秋月…巽…
周防に仕えるお前が…何故此処にいる?」
康太は…訪問の理由などお見通しで…
目の前に座る男に単刀直入に問い掛けた
秋月…と呼ばれた男は…
年の頃なら…飛鳥井清隆と変わらない位の風貌をしていた…
オールバックに髪を撫で付け、鋭い眼光を黒いサングラスで隠し…
姿勢を正して…座っていた
闇に紛れ……闇に生きる…
そんな男が…康太の目の前にいて良い筈などなかった…
康太は皮肉に唇の端を吊り上げ嗤う
「譲様は…」
「それをオレに尋ねて…答えると思うのか?」
康太はククッと喉の奥で笑った
「お答え戴けないと…解っています」
「なら…何故問う?」
「……あの方は…私が育てました」
「だから?」
「まだ生きておいででしたら…この命と引き換えに…返して戴こうと…覚悟して参りました」
「周防譲は死んだ…跡形もなく…
オレが昇華した…飛鳥井に刃を向ければ…
当然…殺るか殺られるか……だ、違うか?」
「譲様は…貴方を殺しなどしない…」
「付け狙った時点で…オレは容赦はしねぇ!」
秋月…は…瞳を閉じた
飛鳥井家 真贋 飛鳥井康太が…甘い筈などないのだから…
「秋月…周防の終焉だ…
共に逝くか…?」
「我は…切嗣様と共に在る…」
「ならば、共に逝け…」
「逝く前に…譲様の安否だけ…確かめに来ました
不本意ながら…あの方に…無理を強いてきたのは私です…最期くらいは…我の手で…
譲様を解き放つ…所存でした」
「秋月…周防は終わる…」
「解っております…」
「明日…周防に逢う…
時間を作れ…出来るか?」
「はい!お願い致します」
「オレに手を出せば…その命もなくなるぜ…解ってんのかよ?」
「解っています…」
「………秋月、譲を、葬ってやれ…」
「……………っ!…」
「もうこの世に周防譲は存在しない…」
この世に…周防譲は…存在しない…
周防譲でなければ…存在するのか?
秋月は息を飲んで…その言葉の…奥を読んだ
そして、深々と頭を下げた
胸のポケットから…書類を取り出すと…
康太に渡した
「…これは?」
「周防譲の…本当の戸籍です
それと…財産を…食い潰される前に…譲様に残しておきました…お渡しください」
秋月が差し出す書類を…慎一が受け取り…テーブルの上に置いた
康太は…その書類を秋月の方に…返した
「不要だ…総てが…無用の長物だ!」
康太が吐き捨てると…
「ゴミにでも…捨てておいてください…」
と、秋月も引かなかった…
「死んでないと…想うのか?」
康太は…秋月に問い質した
「はい。貴方は…無駄な殺生はなさらない…
自分へと還すのが…貴方のやり方ですから…
私は…それを願って…参りました…」
康太は笑った
「秋月、オレに刃を向けるなら…オレは躊躇う事なく…そいつを消すぜ!
還すのはな…還る定めの者だけだ…」
だから…期待はするな…と暗に告げた
たが…秋月は…諦める事なく…
康太を射抜いた…
「秋月…」
「はい…」
「お前に問おう!お前の導く道は…何処で違えた…?」
主と共に逝くならば…
主に目を光らせてなくてはいけない
それが…共に逝く者の使命なのだ
なのに…周防切嗣の道を正さす…何故歩ませた…
主の道を正すのが、仕える者の定め
軌道修正もせず…違えた道を進ませれば…
何時か…歪に…歪むと…解っていて…
何故…行かせた…
康太は…秋月に問うた
秋月は康太に深々と頭を下げた
「…翁の…望みゆえ…軌道修正はせず…行かせました…」
翁…
康太は呟いた
「…周防…蔵人…か…」
「ご存知で御座いますか?」
「さぁ…知らねぇよ!」
「翁は…周防の終焉を…詠んでおられました…
たった一人の少年に…周防は…トドメを刺される…
生き残る術はない…生き残る…必要はない…と。」
「繁栄の時代は終った…周防は…姿を変えねばならぬのを…無視して在り続け様とした…
定めに従わず…逝けば終焉を早める事となる…」
まさに…その通りだ
周防蔵人の言葉を…聞いていたかの様に…
嫌…周防蔵人にその言葉を授けたのは…
飛鳥井康太なのかも知れない…
「秋月…終らせる」
「…はい。異存は御座いません…」
「もう、包囲は固めた…黙っていても時間の問題だ…」
秋月は深々と頭を下げた
その姿は…総てを了承して…見届ける…男の姿だった
「明日…用意が出来たら、迎えに来い…
出向いてやるよ…お前の…用意する席に…」
秋月は……驚愕の瞳で……康太を見た
敵の陣地に…乗り込み…敗戦を告げると言うのか…?
だけど…このまま終らせる周防ではない
怖くはないのか?
「総て…整いましたら…御迎えに上がります」
「飛鳥井家 真贋は飾りではない!
それを踏まえて…オレをもてなせ!」
秋月は立ち上がると…
康太や…皆に深々と頭を下げ背筋を正した
子供だと…甘く見たら…確実に喉仏を切り裂かれ…その命、盗られるだろう…
秋月は背を向け…応接間を出て行った
秋月を見送り戻って来ると、慎一は康太に秋月が置いて行った書類の…所存を問い掛けた
「どうなさいますか?」
「秋月の想いだ…東青に渡しておいてくれ」
「解りました。後で渡しに行きます」
「なら、飯食いに行くか?
外なら…皆誘えるかんな…誘って外食しよう!
オレは…瑛兄に電話する
伊織は清四郎さんに電話入れてくれよ」
榊原は康太に頼まれ…父親の所へ電話を入れた
電話は時々あるが…淋しそうな父親の声に…堪えられなくて早々に電話を切ってしまっていた
直ぐに電話に出た清四郎は嬉しそうだった
『伊織、どうしました?』
声が嬉しそうに…問い掛けてくる
我慢させているのを…榊原は思い知る
「父さん、康太が…食事を一緒にしませんか?
と、言ってます…が、時間ありますか?
飛鳥井の家族も…康太が誘うので全員で食事をしませんか?」
『伊織!行きます!料亭は私が押さえておきます!
何処で待ち合わせしますか?』
榊原が康太を見ると…
康太は榊原に手を差し出した
「清四郎さん?」
康太が電話を変わると…息を飲む音が聞こえた
震える声で…清四郎が康太の名を呼ぶ…
『康太………っ…ぅぅ…』
清四郎は堪えきれず…嗚咽を漏らした
見兼ねた笙が…電話を変わった
『康太…?』
「笙、食事をしよう…もうじきカタが着く…そしたら帰れる…それまで待ってくれ…」
『解ってる…君は気にしなくて良い…
それより、食事の手筈は父がするから、何処で待ち合わせしますか?』
「飛鳥井の会社に……来てくれ
オレはそこで待ってる…」
『解りました…手はずが整い次第…会社に向かいます』
「オレは…学園に悠太を迎えに行く…
それから会社に行くから…待っててくれ」
『承知しました!』
笙は…電話を切った
康太は電話を榊原に手渡した
「伊織…着替えてくるかんな!
一生達も…着替えて来いよ!」
康太が立ち上がると…榊原も一生達も立ち上がった
寝室に向かい…スーツに着替える
榊原は康太の支度をすると…自分の支度を始めた
支度が出来ると…クローゼットの扉を閉めた
康太はベッドに座って榊原を見ていた
「どうしました?」
「良い男だな…と想って…」
スーツ姿の榊原は…制服とは違った格好の良さがあり、そんな榊原見るのが康太は好きだった
「……誘い文句ですよ…それって…」
榊原は苦笑した
康太の一挙一動で……箍が外れそうになる…
理性を総動員して堪えているのに…
康太は笑って榊原を見た
「伊織……久し振りだろ?」
清四郎や…家族に久しく逢ってないだろ…
と、康太は問い掛ける
「………ええ。昔は…何年も顔を会わせずにいましたけど…」
「…オレは…逢いたい…皆に逢いたい…」
榊原は康太を抱き締めた
飛鳥井の家族や榊原の家族を…康太は大切にしていた…
そんな康太の想いは…誰よりも解っているから…
「会いに行きますか?」
「おう!まずは悠太を拾わねぇとな」
康太は嬉しそうに笑った
榊原はそんな康太の肩を抱き
寝室を後にした
玄関まで行くと、一生達が支度を済ませて待っていた
一生は康太を見ると
「行くぜ!まずは桜林だよな?」と笑った
「そう、悠太を迎えに向かねぇとな」
「了解!俺が運転してくわ!」
一生はそう言い、玄関を飛び出した
康太達も、玄関から出て駐車場へ向かう
榊原の運転する車と、一生が運転して行く車に分けて乗り込む事になる
榊原の車に慎一が乗り込み
一生が運転する車に、聡一郎、隼人が乗り込んだ
車は桜林学園へ向かい走り続ける
懐かしい道…
つい最近まで通い続けた…桜林への道…
あんな楽しい日々は…もう戻っては来ない
それでも、我は行かねばならぬ…
修羅の道を…
明日の飛鳥井の…道を作らねば…
ならぬから…
康太は瞳を閉じた
想い出に浸る時ではないから…
榊原の車が…桜林の駐車場へ入って行くと、一生も後を追い車を停めた
車から降りると…康太は迷うことなく
食堂へ向かう
食等へ向かうと…康太が何時も座っていた席に…悠太が座っていた
悠太は…黙々と食事をして…康太に気がつかなかった
先に気が付いたのは葛西だった
葛西は康太に頭を下げ…隣の悠太を肘で突っついた
「あんだよ…葛西…」
肘で突っつかれ、悠太は葛西に問いかける
葛西を見ると…顎で…あっちを見ろ…と示された
葛西の顎の先を見ると…
康太が立っていた
優しい笑顔で…康太が立っていた
「康兄…!!!!」
バタァァァァァァァン!!!!!
悠太の椅子が倒れて…
食堂に…けたたましい音が響いた
悠太は駆け寄り…康太に抱きついた
「康兄…康兄…康兄…」
悠太は魘された様に…康太を呼んだ
康太は悠太の背中を撫でて…
「悠太、家族に逢いに行くぜ!」
声をかけると…悠太が顔を上げた
頬は…涙で濡れていた
「一生、悠太の顔を拭いてくれ…」
情けなく泣き続ける悠太の顔を、一生はポケットから出したハンカチで拭いた
そして「泣くな…誰が一番泣きたいか解ってたら泣き止め!」と悠太に声を掛けた
悠太は…掌で涙を拭い……
姿勢を正した
「悠太、皆で飯を食いに行く!
飛鳥井の家族と…伊織の家族でな…
だから、呼びに来た」
お前も飛鳥井の家族だから…
悠太は…涙を堪えた…
葛西が「片付けておくから行け!」と悠太の背中を押してやる
悠太は康太と共に…食堂を出て行った
桜林の駐車場へ向かい車に乗り込もうとすると…
やはり目敏い高校教師…佐野春彦が車の前に立っていた
「彦ちゃん…久し振りだな…」
康太が笑うと…佐野は康太を抱き締めた
そして離すと姿勢を正した
「乱世の世に御出だとお聞きしました
必ずや…その手中に勝利を納めて…お逢い出来ます事を……!!
心より…願っております!」
佐野の振り絞る様に出された言葉は…
何よりも重く…康太はその言葉を受け止めた
「彦ちゃん、今度は遊びに来るかんな!
待っててくれ!そしたら、ビーカーの珈琲飲ませてくれよ!」
その言葉を受け…
佐野春彦は、深々と頭を下げた
康太は車に乗り込んだ
榊原も運転席に乗り込むと…
榊原の車に慎一と隼人が乗り込んだ
一生の車に、悠太と聡一郎が乗り込み
桜林を、後にした
待ち合わせは飛鳥井建設だから、会社へとを向かう
飛鳥井建設の地下駐車場に着くと、清四郎の車は既に駐車場に停まっていた
慎一が車から降りるとエレベーターを開ける
皆、エレベーターに乗り込むと…
慎一はドアを閉めた
最上階まで直通ボタンを押して
途中の階で止まらなくする
最上階に着くと、慎一はドアを開けて
皆が降りるのを待った
皆がエレベーターを降りると…
康太の側へと向かう
見事な…侍従ぶりで…慎一は主に仕えていた
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