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4.2月14日
☆AM.7時30分
きっと習慣なのだろう。
昨夜あれだけ激しく愛し合ったのに、剣治はぼんやりと目を覚ました。
隣を見れば志郎が、剣治を抱き締めたまま、ぐっすりと眠っている。
その幸せそうな寝顔に、剣治はにっこり微笑んだ。
今日は日曜日だし、部活も休みにしてあるから、もう少し眠っていてもバチは当たらないだろう。
剣治は飽きる事無く、ただ無心に、志郎の寝顔を見詰めていた。
閉じた瞼(マブタ)を縁取る長い睫毛(マツゲ)に、スッと通った鼻筋。
何度見ても惚れ惚れしてしまう。
うっとりと漏らした溜め息が、志郎の前髪を揺らしてしまい、剣治は慌てて自分の口を塞いだ。
軽く唸った志郎が、睫毛を震わす。
起こしてしまっただろうか?
息を潜めた剣治が見守っていると、志郎はまた軽い寝息を立て初めた。
剣治はホッと胸を撫で下ろしたが――
「ひゃっ……!」
甘い悲鳴を上げた剣治は、ビクンと身体を震わす。
不意に志郎の手が背中から腰に滑り落ち、寝間着代わりのバスローブ越しに、剣治の尻を優しく撫で回してくる。
「ちょ……志郎……! やめ……ふあ……」
「あんな甘~い吐息を吐きかけられて、やめられる訳無いだろ」
おもむろに目を開けた志郎が、片方の口元をニヤリと釣り上げた。
「朝っぱらから、誘ってんのかよ、剣治?」
「ちが……あんん……志郎……志郎……」
口では『違う』と言いながら、剣治は硬くなった自身を志郎の股間に押し付け、淫らに揺らしている。
最初は誓って冗談だった志郎も、恋人のこんな色っぽい姿を見せられては、歯止めが利かなくなるではないか。
「はぅ、うぅんん……志郎……!」
しかも恍惚とした顔で何度も名前を呼ばれては、可愛過ぎて――少しイジメたくなってしまう。
「仕方ねぇなぁ~。そんなにやめて欲しいなら、やめてやるか」
「え……!?」
志郎があっさり手を離すと、思った通り、剣治は拗ねるように唇を尖らせた。
剣治が恨みがましく志郎を睨み付ける。
志郎は喉の奥でクックッと笑った。
「どうした? やめて欲しかったんだろ?」
わざとらしく確認を取れば、剣治は「うぅ……」と小さく唸った。
「もう、分かってるクセにぃ……」
悔しそうに呟いた剣治が、真っ赤に上気した頬を隠すように、軽く背中を曲げて志郎の胸に顔を埋める。
「……続き、して」
かろうじて聞き取れるくらい小さな声を出す剣治に、志郎はクスクスと笑う。
もう可愛くて仕方ない。
それでも、もう少し意地悪をして――
「何だって……? そんな小さな声じゃ、聞こえねぇなぁ」
「だっ、だから……んんぅ――っ!?」
とっさに顔を上げた剣治の顎を取り、すかさず志郎は唇でその口を塞いだ。
「ん、ん……ふぅ……」
ピチャ……チュプ……
剣治の鼻息にも増して、卑猥な水音が室内に響く。
もう当然のように差し込んだ舌を絡め合い、互いに上下の歯列をなぞり合う。
キスだけでうっとりする剣治を見詰め、今度は志郎の方から、バスローブを押し上げる自身を、剣治のモノに擦り寄せた。
ピクンッと反応した剣治は、潤んだ瞳で志郎を見詰めてくる。
バスローブの隙間に手を差し込んだ志郎は、早くも先端から涙を垂らす剣治のモノを握った。
「んっ……んふ……」
少し扱いて、剣治の欲望に濡れた手を、さらに奥まった蕾へと差し込む。
早朝である事を忘れ、志郎と剣治は、濃密に甘い時間を心置き無く過ごした。
二人がシャワーを浴びた時には、もう 9時を過ぎていた。
それでもぐったりとした剣治は、ベッドに倒れたまま、すぐには起きれそうにない。
志郎は優しく剣治の腰を揉んだ。
「悪い。ちょっと悪ふざけが過ぎたな」
「ちょっとじゃないよ……もう……」
迷惑そうに言いながら、剣治の顔が笑っている。
「朝食はルームサービスにしようぜ。俺、一度で良いからルームサービス取ってみたかったんだ~」
「わざわざ持って来てもらえるって、なんか贅沢(ゼイタク)だろ?」と言って、子供のように笑う志郎に、剣治も笑って頷いた。
こうしてルームサービスを取った二人は、部屋で向かい合って座り、優雅な朝食を味わう。
「そうだ。剣治に話したい事があったんだ」
「何? 志郎」
食後のコーヒーを飲みながら、志郎は真っ直ぐに剣治を見詰める。
「俺、医者になろうと思うんだ。来年から、医療系の大学に編入する」
「医者だって? ――どうして急に?」
戸惑う剣治に、志郎は静かに微笑む。
「剣治の手が動かなくなった時……俺は自分の無力を痛感した」
あの時――剣治の右手が動かなくなった時、日常生活の手伝いはできたが、根本的な不安を取り除いてやる事はできなかった。
「でも志郎、あの時は」
「分かってる。あの時は、敵の神力のせいだったけど……もし剣治に何かあった時、また何もできないのは嫌だから……」
「志郎……」
責任を感じている志郎の気持ちを察して、剣治の胸は申し訳ない思いでいっぱいになる。
いくら志郎のせいではないと言っても、納得てきる物ではないだろう。
切ない顔をする剣治に、志郎は悪戯っぽくニカッと笑った。
「数年後……俺が医者になれたら、剣治が病気になった時、真っ先に治療してやるからな」
「……そんな事言われたら、早く病気になりたくなっちゃうよ」
「ただの風邪で、大騒ぎしてやる」と言って苦笑する剣治に、志郎は晴れ晴れとした笑顔を見せた。
動機は何であれ、目標を定めた志郎の顔は、とても大人っぽい。
「僕にできる事があったら、いつでも言ってね? 応援するから」
「あっ、んじゃ英語教えてくんね? 俺、苦手だったんだよなぁ~」
いつも通りの少し子供っぽい、甘えるような顔をする志郎に、剣治は思わず笑ってしまった。
「そんな事、お安いご用だよ」
☆ ★ ☆
☆AM.12時45分
車で1時間ほど走ると、窓から入った風が光の髪を揺らし、潮の香りを振り撒いていく。
光は乱れる髪を押さえ、気持ち良さそうに空気を吸った。
「気持ちが良い……晴れて良かったですね、優人」
「そうだねぇ……」
のんびりと同意した優人は、チラッと時計に目を向ける。
「もうすぐ1時だね。光は何が食べたい?」
「う~ん、せっかく海の側に来たんですから、シーフードが食べたいですね」
「かしこまりました」
冗談めかしてウインクを決めた優人は、海沿いの道に車を走らせ、小さなレストランの横に停車した。
「この店の海鮮パスタは、その日の仕入れに合わせて、様々な種類が出されるんだって。しかも麺は自家製らしい」
「それは楽しみですね」
事前に周辺地図を頭に入れている優人は、どんな場所でも、観光ガイド顔負けに案内できる。
初めて行く地だろうと完璧に調べ上げ、有名店から穴場まで、全ての場所を暗記しているのだ。
「本当に、優人は凄いですよね」
「そりゃ、光に喜んでほしいからね。この位は朝飯前だよ。……今は昼飯前だけどね」
美味しいパスタに舌鼓を打った二人は、食後のコーヒーを飲んで一息つき、また車を走らせた。
船上パーティーは夜の6時から――乗船時間までは、十分に余裕がある。
優人の案内で映画館に入る前に、光は一度だけ、携帯電話を取り出した。
久しぶりのデートなのだから、今日は水入らずに過ごしたい。
それは優人も同じようで、自分の携帯電話を操作している。
そこでフッと、光は空を見上げた。
爽やかな晴天の空。
上空は風が強いのか、いつもは止まって見える雲が、ゆっくりと流れている。
乗る船が帆船ならば、軽快に海上を走るだろう。
けれど二人が乗るのは、エンジンで走る豪華客船。
風の心配すら、必要としないだろう。
――それでも、嵐は確実に迫っていた。
そんな事を知らない優人と光は、少しの躊躇いも無く電源を切ってしまう。
「光は何が見たい?」
「そうですねぇ。アクション物も面白そうですけど、たまには甘いラブストーリーを見ませんか?」
「良いね。それじゃあ、早く入ろうか」
☆ ★ ☆
……それは白昼夢のようだった。
煌々(コウコウ)と輝く月。
その光りを遮る雲の下で、大きな三ツ又の矛が、海を掻き混ぜている。
荒れ狂う海の上で、大きな船が波に揉まれ、激しく揺れて――
奏(カナデ)はハッと我に帰り、思わずその場で立ち上がった。
酷く慌てたせいで、危うくホルンを落としかけ、とっさに抱え上げる。
「どうしたんですか、門神(カドカミ)君? どこか、具合でも悪いんですか?」
吹奏楽顧問の女教師が、心配顔で奏を見詰めた。
胸が、苦しいほどにドキドキとして、奏はただただ頷く。
――今見たビジョンは、未来の予知だ。
波間に揺れる船は、真っ二つに割れて沈む。
そして、その船に乗っているのは――
「……白い薔薇と、赤い獅子………」
奏は消え入りそうな声で、ボソリと呟く。
「門神君、大丈夫? 具合が悪いなら、今日は早く帰りなさい」
「……はい」
不安に息が詰まった奏は、素直に頷いてホルンを片付けた。
「門神君、大丈夫?」
「一人で帰れる?」
「無理しないでね」
他の部員達が、青い顔をした奏を心配して、口々に声をかけてくる。
奏は返事を返す間も惜しく、廊下に出てすぐに携帯を取り出し、赤い獅子の『息子』に電話をかけた。
☆ ★ ☆
☆PM.2時30分
合宿最終日は、トーナメント方式の模擬試合だ。
一年生は一年生同士、二年生は二年生同士で試合を行い、勝った者同士で試合を進めていく。
ちなみに、秋の試合に出場した徹と世流は、シード枠に組まれている。
そのため、他の部員が試合をしている最初の内は、暇で仕方がない。
――と言いたい所だが、徹は早くもぐったりとしていた。
「……徹、大丈夫か?」
「大丈夫な訳ねぇだろ……まったく、少しは手加減しろよなぁ」
珍しく気遣ってくれる世流に、徹は深々と溜め息をつく。
昨夜、他の部員達が寝静まった頃を見計らい、徹と世流はこっそりと外に出ていた。
理由はもちろん、二人でイチャイチャするためだ。
合宿とは言え、せっかく旅行に来たのだから、二人っきりの時間が欲しい。
しかもその時間を濃密に過ごせるのなら、言う事無し……ではあるが……
「まさか世流の作る薬が、上より下の方が効くなんてなぁ……」
「……俺も、自分の事なのに、初めて知った」
世流が神力で作る薬は、どうやら唾液よりも、精液の方が効果が高いらしい。
昨夜は挿入した物の――中出しをしなかったため、徹の腰にダルさが残っている。
徹は溜め息をついた。
「ま、気持ち良かったから、良いんだけどな」
カラリと笑う徹に、世流は複雑な心境で苦笑する。
「そうだ。少し付き合えよ、世流。少しでも体を動かした方が、早く治るかも知れねぇし」
「そうだな」
同意した世流は、軽くストレッチする徹を手伝い、並んで竹刀を構えた。
「……やっぱり、世流の立ち姿って格好いいよな」
「……無駄口を叩くな、この馬鹿」
照れてそっぽを向く世流に、ニシシと笑った徹は、一緒に素振りを始める。
ブン――ブン――と、竹刀で風を切る音が、耳に気持ち良い。
やっと順番が回ってきた徹と世流は、互いに勝ち進んで行き、最後は二人の一騎討ちとなった。
開始と同時に数度打ち合わせた徹と世流は、一度だけ離れ、間合いを測る。
互いに譲る積もりは、さらさら無い。
張り詰めた空気の中、先に動いたのは徹だった。
「メェェェーーン!」
踏み出すと同時に竹刀を振り上げた徹が、世流の頭を狙って振り下ろす。
しかし、それを見切っていた世流は、重心をずらすようにかわした。
そして――
「胴!」
パシィィィーーーーン
世流の『抜き胴』が決まった。
その後も世流が一本を取って、模擬試合は終了。
一時休憩――となった所で、世流の携帯に着信が入った。
相手の名前を確認した世流は、部長に断りを入れ、徹と外に出る。
「――もしもし、門神先輩。神野です。どうかしましたか?」
『突然電話してごめん。――また予知を見た』
単刀直入に切り出した門神先輩は、予知の内容を手短に語った。
世流の目が見開かれる。
『予知に出てきた『白い薔薇』は、保健医の天神先生。もう一人の『赤い獅子』は――』
「僕の父親……神野優人ですね?」
『そうだよ。二人の乗った船が――沈む』
緊張した世流と徹は、互いに顔を見合せた。
必要以上に思い当たる事がある。
「先輩、実は……」
世流が、今までのいきさつを掻い摘まんで話す。
門神先輩の息を呑む気配が、電話越しにも伝わってくる。
「取り敢えず、父に連絡してみます」
そう言って通話を切った世流は、改めて徹と顔を見合せ、短縮ダイアルを呼び出した。
時間は 3時15分――
何度コールしても、優人と光が電話に出ない。
『お掛けになった電話は、電源が切られているか、電波の届かない場所にいるため、かかりません』
録音された無機質な声が、冷たく響いた。
映画に行くと言っていたから、今丁度、上映している最中かも知れない。
あるいはトイレに立つか、内容がつまらないと外に出てくれれば、携帯を確認するかも知れないが――
光限定で完璧主義の優人のエスコートで、それはあり得ない。
交互に六回電話しても繋がらず、世流は諦めの溜め息をついた。
「……駄目だ、どっちも繋がらない」
「どうする、世流?」
世流は携帯の時間を確認する。
今は 3時20分を少し過ぎた所――
船の出港は 5時30分だと言っていた。
その前に、世流の電話に気付いてくれれば良いが、期待はできない。
「――合宿が終わる頃、もう一度父上にかけてみる。門神先輩には念のため、学校に着いてから合流してもらえるように、連絡しておこう」
世流の提案に頷いた徹は、口惜しそうに唇を噛み締める。
世流に促されるまま付いてきた徹は、とっさに携帯電話を持って来なかった。
世流に任せっきりで、歯痒い。
また、すぐに優人達を追い掛けようにも、専用のバスで来た徹達には、帰るための足が無い。
世流の兄貴である志郎に頼もうにも、具体的な場所が分からなければ、探してもらいようも――
無い無いずくしの現状に、歯噛みして止まない。
今できる事はといえば、どうか何事も起こらないようにと、祈るばかりだ。
☆ ★ ☆
☆PM.5時20分
砂神グループ所有の駐車場に車を入れた優人と光は、船上パーティーの開かれる豪華客船に足を向けた。
搭乗口を見ると、綺麗に着飾った男女が、燕尾服の男性に会釈して携帯電話を渡している。
船に乗り込む際、携帯電話は入口で預けなくてはならないらしい。
乗船客の列に並んだ優人と光も、入口の前で自分の携帯電話を取り出した。
もしこの時、少しでも電源を入れてくれたら――
しかし、何も知らない優人と光は、自分達の携帯電話を――入口に預けた。
「ご協力ありがとうございます。どうぞ、今宵の船上パーティーを楽しんでください」
にこやかな係員に見送られて、優人と光は豪華客船に乗り込んだ。
そしてPM.5時30分――
船は何の滞りもなく、安全な港を離れ、大海へと出航する。
☆
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