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10.託された鍵
――時間は少し遡る。
☆PM.8時20分
何件もの玩具屋を探し歩いた世流達は、ついにボトルシップを見付けた。
「ありがとうございました~!」
お店の扉が、カランカランと客を送り出す。
志郎と剣治の財布は、スッカラカン。
それでも足りなかった分は、剣治がコンビニのATMで金を下ろし、さらに高い手数料を取られた。
「明日から、生活どうしよう……」
「親父が返してくれるまで、ウチにいろよ」
懐が寂しくなった剣治と志郎は、互いを暖め合うように寄り添い、深い溜め息をつく。
「――後の問題は場所ですね」
「門神先輩、何か視えませんか?」
暗くなっている大人達を他所に、世流と徹は、奏と顔を見合せる。
奏は思い詰めた顔で、首を振った。
いよいよ大詰めだ。
それなのに、失敗はできないと気持ちばかりが焦り、予知が上手くいかない。
焦燥に震える奏の手を、徹と世流がゆっくりと握り締めた。
奏がハッと息を呑み、二人を見詰める。
徹と世流は静かに頷く。
「先輩なら大丈夫ですよ。頑張ってください」
「落ち着いて……僕達ならば、絶対に未来を変えられます」
奏が大人達を見れば、志郎と剣治も頷いている。
肩の力が抜けた奏は、穏やかな微笑みを浮かべた。
少なくともここにいる四人は、奏の予知を、未来を変えられると信じている。
奏は全身で深呼吸をして、静かに目を閉じた。
視えた未来の先へ――
きっと徹達が変えてくれる未来へ、奏は意識を集中させる。
体が浮き上がるような、不思議な感覚だった。
嵐の海で、真っ二つに割れた船。
船の上には、白い薔薇と赤い獅子。
それから、鹿の角を生やした王子と、水に包まれた真珠が増えている。
奏は視線を移すように、船の横へ、陸の方へと意識を向けた。
ハンマーを持つ男が、巨大な狼に乗り、崖の上に現れる。
その崖の端に、大きな蝋燭(ロウソク)が――
そこで奏の意識が遠のき、ぐらりと体が揺れる。
「「先輩!」」
同時に声を上げた徹と世流が、崩れ落ちる奏の体を慌てて支えた。
「……見えた……大きな蝋燭……いや、違う……」
荒い呼吸を繰り返しながら、焦点の合わない奏が、必死に首を振る。
「古い……灯台がある、崖の上……狼に、乗った……ハンマー男……」
震える声で続けた奏が、ぐったりして目を閉じた。
「奏先輩!?」
徹が焦りの声を上げる。
世流はそっと奏の口に手をかざし、胸に耳を当てて心音を確認した。
「……大丈夫だ。意識を失っただけで、ちゃんと息はしている」
全員がホッと安堵の息をつく。
「古い灯台がある崖の上……」
「どこだ、それ?」
奏の言葉を繰り返した世流に、徹は首を傾げ、志郎達も知らないと首を振る。
剣治はすぐさま地図帳を捲った。
予知の後で場所を確認するため、コンビニでお金を下ろす時、一緒に購入したらしい。
「この近辺で灯台……あ、あった!」
剣治の見付けた場所を確認して、志郎は徹にヘルメットを放った。
「剣治、ガキ共を頼んだぞ!」
「分かった。志郎も気を付けて……」
親指を立てて見せた志郎が、徹をバイクに乗せて走り出す。
――どうか、間に合って欲しい。
「あの二人なら、きっと大丈夫……」
自分に言い聞かせるように呟いた剣治に、世流も静かに頷いた。
「――取り敢えず、ここでは目立ちますから、移動しましょう」
「そうだね」
世流に同意した剣治が、奏を背負って、人気の無い公園に移動する。
徹と志郎が優人達の所へ急いでいるのに、家でのんびり待っている心境にはなれなかった。
「――何か、飲み物を買って来ますね? 先輩の事をお願いします」
居ても立ってもいられない様子で、珍しくソワソワする世流が、自動販売機に走って行く。
残された剣治は、奏をベンチに寝かせようと、背中から下ろしたが――
「ん……んぅ……」
「門神君?」
剣治の腕の中で、奏が小さく呻いた。
起きたのかと彼の顔を覗き込んだ剣治は、ゆっくりと開かれた奏の瞳の色に、ハッと息を呑む。
奏の瞳が金色に光り、不意に上げられた彼の手が、剣治の二の腕を掴んだ。
「お……狼の……牙………封印の証……」
うわごとのように呟く奏に、剣治は驚愕して目を見開いた。
奏に掴まれた神力の封印が、熱を持ったような気がする。
「愛する者の牙が……新たな腕を作りだす……」
それだけ言った奏は、また重くまぶたを落として、ぐったりと体の力を抜く。
……また、気を失ってしまったらしい。
剣治は言葉も無く、奏を見詰めていた。
何と言って良いか、分からない。
☆ ★ ☆
☆PM.9時45分
一時間以上かけてバイクを走らせた志郎と徹は、古い灯台に到着した。
「これが『予知』で視た灯台か……?」
「たぶん……」
緊張感に体を強張らせ、さらに少し走らせる。
先に声を上げたのは徹だった。
「あっ、あれ!」
「バカッ! 手ぇ、離すな!」
遠くを指差す徹を怒鳴り付け、志郎はゆっくりとバイクを路肩に寄せる。
停車するが早いか、バイクから飛び降りた徹は、道路沿いに並んだ柵に駆け寄った。
柵の外側、下の方は切り立った崖のようになっていて、墨のような黒い波が打ち寄せては割れる。
沖の方に目を戻せば、小さな光源の下に、船の影が見て取れた。
顔までは分からないが、一段高くなった船の上で、数人の影が動いている。
「オォーイ! オォーイ! 優人ぉ!」
徹は声の限りに叫ぶが、遠過ぎて聞こえない。
「駄目だ……遠過ぎて、声が届かねぇ」
「どいてろ!」
歯噛みした徹が急いで離れると、志郎は一瞬にして神力を放出した。
志郎の頭に、彼の黒髪とは異なる、白い狼の耳が現れる。
「行け! ワイルド・ファング!」
志郎が船に向けて、狼の型をした神力を飛ばす。
当然船には届かないが、それで良い。
船の近く、海面で爆発した神力が、優人達の注意を引く。
「オォーイッ! 優人ぉー!!」
改めて徹が声を張り上げ、ブンブンと手を振る。
すると、少し遅れて、船の上の人影が手を振った。
「やった、聞こえた!」
「早くビンをハンマーに括り付けて、投げろ!」
「けど、あんなに遠くて届くかな?」
徹はいまいち自信が持て無い。
「馬鹿か!? 狙った対象に必ず飛んで行くのが、ミョルニルの特性だろ!」
志郎に罵倒された徹は、急いで首から下げたペンダントを外し、体中に気合いを入れた。
徹の神力が体から漲(ミナギ)り、髪が長く伸びる。
「ミョルニル!」
徹がさらに気合いを集中させると、小さなペンダントトップだったハンマーが、少しずつ巨大化した。
徹の身長よりも大きくなったハンマーに、志郎がボトルシップの入った袋を括り付け、さらにガムテープで固定する。
このガムテープも、計画を聞いた剣治が、コンビニで購入していた物だ。
「イッケェェェ!!」
徹が気合いもろとも投げたハンマーは、真っ直ぐ船に向かって、回転しながら飛んで行く。
そこでフッと、徹はある事に気付いた。
「あ、ヤベ……とっさだったから、『優人を狙って』投げちゃった」
「………ハアッ!?」
☆ ★ ☆
「ゲッ!? あのバカアアアァァア!!!」
迫り来る徹のミョルニルハンマーに、優人は船上で悲鳴を上げた。
ハンマーは真っ直ぐ優人に向かってくる。
優人は頭を抱えた。
逃げようにも、あのハンマーは誘導ミサイルのように、どこまでも対象を追い駆けてくる。
かと言って、攻撃を受け止められるような障害物も無い。
ミョルニルハンマーはもう目の前だ。
困り果てた優人は、特に意味も無く、後ろに数歩下がった。
しかしそんな事をしても、飛んで来るミョルニルを避けられる訳が無い。
衝撃を覚悟した優人が、とっさに目をつぶった、その時――
「光よ!」
ガイイイィィィィーーーンン!!!
優人目掛けて飛んで来たハンマーは、とっさに割り込んだ光の結界壁にヒビを刻み、ゴトンと落ちた。
効力が消えたミョルニルハンマーは、少しずつ縮んでいく。
優人と光は、深く安堵の溜め息をついた。
「……大丈夫ですか? 優人?」
「助かったよ、光。ありがとう」
さて、ハンマーがペンダントトップの大きさに戻ると、後にはガムテープのついた袋が残る。
袋を持ち上げた優人が、その中身を見ると、それなりに大きなボトルシップが出てきた。
光の壁に当たった衝撃か、落ちた時にぶつかって、船を内包したビンにヒビが入っている。
「なんで徹は、こんな玩具なんか……いや、待てよ? そうだ、船!」
避難方法を思い付いた優人は、必死にガラスビンを殴り始めた。
「何をしているんだね? 気でも狂ったのかい?」
何も知らない桐斗のヤジなど構わず、優人は懸命にビンを割ろうとする。
小さくなってしまったミョルニルハンマーを、金槌サイズにでもできれば良いのだが――
優人が作ったとはいえ、すでに徹の神力を宿したミョルニルは、他の神力を受け付けない。
もし万が一を考えて、悪用されないように、使い手は一人に定めたのだ。
それに、ビンの中の船を、壊さずに取り出したい。
ルーン魔法を使う手も考えたが――
少しでも加減を間違えれば、ガラスもろとも、中の船を破壊する恐れがある。
力加減を考えるなら、まだ自力で破壊した方が良いだろう。
優人は何度もビンの表面を叩き続けた。
「クッ……!」
不意に優人が呻く。
優人の拳(コブシ)に、血がにじんでいた。
「優人!」
無理やり優人の手を止めた光が、傷口を口に含む。
幸い、ガラスの破片は刺さっていないらしい。
「ありがとう、光……」
「優人……」
切なげに優人を見詰めた光が、不意にハッとする。
「優人、マジックを持っていますか!?」
「マジック? ……あぁ、そうか! 僕とした事が――」
光の意図に気付いた優人は、急いで上着を捲り、内ポケットから細いマジックペンを取り出した。
――優人が展望デッキへの階段を隠すため、ルーン文字を書くのに使った物だ。
これならば、いくら強い力で突き刺しても、船までは届かない。
光が袋に付着していたガムテープを剥がし、ビンの表面に貼り付ける。
ビンを割った後に、ガラスの破片が船に落下するのを、できるだけ防ぐのだ。
一度貼り直した物だから、粘着力は弱いだろうが、無いよりはマシだろう。
光と頷き合った優人は、手に握ったマジックペンを、力いっぱいガラスビンに突き刺した。
バキッ――
鈍い音と共に、優人の握ったマジックペンが、ガラス面を貫通する。
割れたガラスの破片は、ガムテープの端に垂れ下がり、船を傷付けていない。
「やった!」
歓声を漏らした優人は、もういくつかマジックペンで穴を開け、ガムテープごとガラスを取り除く。
そして中の帆船模型を取り出した。
三本マストの船の側面に、ルーン文字を刻む。
「取り敢えずは、これで良い。後は……」
「おい、神野。さっきから何をしているのだ?」
焦燥に駆られた桐斗は、落ち着き無く、しきりに爪先で床を叩く。
船を置いて立ち上がった優人は、桐斗と顔を見合せて、自信ありげにニヤリと笑った。
「もちろん、この船から脱出するのさ」
「脱出!? 一体、どうやって……?」
桐斗は怪訝に眉をしかめ、優人を睨み付ける。
軽く息を吐いた優人が、素早く右手を伸ばした。
「なっ――!!」
とっさに避けようとした桐斗より速く、優人の人差し指が桐斗の額に触れ、まばゆい光を放つ。
「今だけ、お前の神力を引き出すぞ!」
宣言した優人は、桐斗の額にルーン文字を描く。
その綴りが、一つのルーンとして完成した時、桐斗の瞳が鮮やかな青色に変わった。
☆ ★ ☆
2月の暗く冷たい海に、豪華客船が沈んでいく。
落ち着き無く頭を掻いていた徹が、ついに焦れて喚き声を上げた。
「あぁっ、もうっ! 何やってんだよ、優人!」
「ちったぁ、落ち着けよ。親父なら大丈夫だ」
そう言いながら、志郎も組んだ腕を強く握り、唇を噛み締めている。
父である優人を信じているからこそ、自分を抑えていられるが――
志郎だって本当は、居ても立っていられない心境なのだ。
それが分かるだけに、徹も強くは言えない。
二人は――いや、二人を送り出した世流と剣治も、優人達を信じて、ただ待つ事しかできないのだ。
船と陸を隔てる海が、忌々しい。
奥歯を噛み締めた徹が、改めて船を見詰め、ハッと息を呑んだ。
「なっ! なんだよ、アレっ!?」
今にも沈没しようとしている船の上に、青く鮮やかな光の柱が立ち上った。
まるでサファイアのような光の中で、何かの影が少しずつ大きくなっていく。
船だ!
それは、あのボトルシップの中に入っていた、三本マストの帆船だった。
光の柱から飛び出した帆船が、淡い光に包まれて海上を滑って来る。
きっと優人達だ!
確信した徹は興奮に跳び上がり、歓声を上げた。
「イヤッッタアアアァァァァッッ!!」
「親父め、ヒヤヒヤさせやがって!」
互いに手を打ち合わせて、徹と志郎が喜んでいると、帆船の方から盛大な高笑いが聞こえて来る。
見れば、甲板で腰に左手を当てた桐斗が、真っ直ぐに陸を指差して、さも愉快(ユカイ)げに笑っていた。
「徹くーん! 志郎ー! ただいまー!」
光が甲板を囲む柵から身を乗り出し、二人に手を振っていた。
その傍らには当然優人もいて、光と一緒に大きく手を振っている。
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