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エピローグ

「こんな所へ呼び出して、何の積もりかね?」 人気の無い教室に呼び出され、怒気の籠った桐斗の声音に、優人も軽蔑するように鼻でフンと笑う。 「別に――ただ、先日は『一応』君に助けられたからね」 『一応』の所をことさら強調して言った優人が、机の上に少し大きめの紙袋を置く。 桐斗はますます嫌そうに顔をしかめた。 「なんだね? コレは」 「開けて見れば、分かるだろう」 人を馬鹿にしたような優人の態度に、桐斗はキィッと歯を剥く。 けれどそれ以上の言い争いはせず、早々に顔を背けた桐斗は、渋々紙袋を開けて見た。 「こ、コレは!」 中身を見た桐斗の目が、歓喜に見開かれる。 優人は桐斗に背を向け、尊大に口を開いた。 「壊れた模型に手を加えて、組み直したのさ。――君が、あまりに惜しんでいたからね」 桐斗は、信じられない思いで、紙袋の中からボトルシップを取り出す。 ピンと帆を張った三本マスト。 船体に刻まれた、ルーン文字の船名『スキードブラドニル』 それはまさしく、先日桐斗達の命を救った船だ。 沈没する豪華客船から脱出した後―― 切り立つような崖を、波が先行して登り、桐斗の操る即席船『スキードブラドニル』が駆け上った。 波がザッパーッンと柵を越え、『スキードブラドニル』が宙に浮く。 しかしそこで、船が軋みを上げた。 「マズイ! みんな飛び降りろ!」 優人が声を上げ、桐斗はとっさに、明美を横抱きにして空へ舞い上がる。 同じく光を横抱きにした優人も、船の縁から飛び出し、道路に降り立つ。 ほぼ同時に、『スキードブラドニル』は内側から破裂した。 粉々になった船の残骸がさらに縮み、小さな破片に変わる。 元の帆船模型サイズに戻ってしまったのだ。 「即席で代用したから、神力に耐え切れなかったんだよ。――元々はただの模型だからね」 「あぁ、私の船が……」 淡々と説明する優人から、少し離れた所に舞い降り、桐斗が項垂れる。 あの時の残念そうな様子を、優人は覚えていた。 桐斗が父親と連絡を取りに行った時、優人は徹達に手伝わせ、砕け散った欠片を丁寧に拾い集めた。 そして翌日から、欠片を丁寧に磨き、使い物にならない部品は一から削り出したのだ。 「今度はちゃんと、『スキードブラドニル』のレプリカとして組んだから、神力にも負けない。だから……時には、彼女の父親に会ってやれ」 「お前に言われずとも、そうするさ」 船体に刻まれた『スキードブラドニル』の名を、ガラス越しに指先でなぞり、桐斗はボトルシップを紙袋に戻した。 「話はそれだけだよ」 「ちょっと待て、神野」 背を向けたまま立ち去ろうとした優人を、桐斗が呼び止める。 優人は足を止めた。 「――何を隠している? 神野」 疑問形ながら、桐斗は断定的な口調で問う。 優人は押し黙った。 「彼女の父親だと言うあの巨人は何者だい? 私が使ったあの力はなんだ? しかもお前や光君は、私よりも当たり前に力を使っていた。お前達に何が起こっている?」 桐斗が疑問を並べ立て、優人を睨む。 振り返った優人は、真顔で桐斗を見返した。 その力強い眼差しに、桐斗は思わず圧倒され、後退りそうになった足を心の中で叱咤する。 いつも飄々としている優人のこんな顔を、桐斗は初めて見た。 優人が口を開く。 「――君が関わる事じゃない」 桐斗は息を呑んだ。 優人と自分の間に、太い太い境界線が見える。 足を踏み入れる事を許さない、絶対的な拒絶。 しかし同時に、 『お前を巻き込む積もりは無い』 と言う気遣いを感じる。 桐斗の額を汗が伝う。 不意に優人が、いつも通りの、人を小馬鹿にするような笑みを浮かべる。 「凄い力が使えるからと言って、『ビックリ人間ショー』なんかには出るなよ? たぶん、普通の人には妖精とか見えないからね」 「なっ! だ、誰がそんな物に出るか!!」 からかわれた桐斗が、目を吊り上げて怒鳴った。 優人は愉快そうに笑い、片手を軽く上げて、また桐斗に背中を向ける。 歯噛みしていた桐斗は、聞こえよがしに溜め息をついた。 「……神野」 桐斗の呼び掛けに、優人が一瞬足を止める。 「今は深く聞かないでおいてやる。だがもし、私の力が必要になったら、いつでも言うが良い。――気が向けば、手を貸してやる」 黙って聞いていた優人は、フッと鼻で笑い、今度こそ立ち去った。   ☆  ★  ☆   昼の休憩時間。 二年の教室の自分の席で、奏はこっそりと溜め息をついた。 予知の練習として『占い』を薦められたものの、何を占えば良いのか、よく分からない。 まさかクラスメイトに「何か占いたい事あるか?」なんて、急に聞く訳にもいかないし…… 「あ、いたいた!」 奏が悶々としていると、教室の入口から、聞き覚えのある声がした。 奏が顔を上げると、やはり彼らがいる。 「すみません。門神先輩に用があるのですが、入っても良いですか?」 奏は慌てて席を立った。 「荒神、神野――急にどうしたんだ?」 もしかしてまた、何か大変な事件が起こったのだろうか? しかし奏の心配は無用だったらしい。 徹も世流も、いつも通りに笑っている。 「こんにちは、先輩」 「こんにちは。実は彼女に、少し悩みがあるらしいんです」 そう言って世流は、傍らで縮こまっている女子生徒を示した。 緊張しているのか、女子生徒はおろおろとして、世流と奏の顔をチラチラと見比べている。 「あの……神野君?」 「こちらが、先ほど話した門神先輩です」 「占いが得意なんだぜ」 どうやら徹と世流は、奏が練習しやすいように、宣伝してくれたらしい。 奏は二人の気遣いに、ホッとして微笑んだ。 「僕にできる事なら、力になるよ」 「は、はい。実は、す、好きな人がいて……」 女子生徒の相談を受けた奏は、制服の上から胸元のペンダントに触れ、予知に集中した。 そして視えた物を彼女に伝える。 「先輩、ありがとうございました」 「頑張ってな」 奏に軽く頭を下げた女子生徒が、晴れ晴れとした顔で教室に戻っていく。 「……ありがとう、荒神、神野」 お礼を言う奏に、徹と世流はにっこりと笑った。 それからも時々、徹と世流が生徒を連れて来て、奏の『占い』を薦める。 その内、奏の『占い』は当たると評判になり、休み時間に教室を訪れる生徒が増えた。 奏の『予知』も次第に安定し、自分の意思でコントロールできるようになってきた。 ……END.

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