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誰にも気付かれないようにしないといけない。つわりが辛くても、俺はできるだけ、大学、バイトを休まないようにし、普通の生活を送った。バレたら、きっと病院に連れて行かれる。今、気付かれたら、晴香さんや父さんに伊織の子だと怪しまれるかもしれない。絶対に堕ろしたくない。
あと少し。堕ろすことができなくなる時期まで、隠し通してみせる。そしたら、適当に関係を持った奴に孕まされ、逃げられて、連絡が取れないと嘘を付けばいい。伊織の子供であることは一生、誰にも話さない。俺が墓場まで持って行こう。
ジャー。また、吐いてしまい、フラフラとトイレを出る。こんなに一日に何回も吐いて大丈夫なんだろうか。栄養が取れないと子供はどうなる……?
心配になり、栄養補助食やサプリを買い込んだ。それから、カップラーメンばかりだった食事をやめて、バランスを考えて自炊を始め、健康的な生活を心がけた。カフェインの取り過ぎは良くないってネットに書いてある。それを見て、大好きだったコーヒーもやめた。
この子に会いたい……
この命を守りたい……
好きな人の子を産みたい、それはΩの本能なのかもしれない。
伊織に似た優しい子になるといいな……
自覚した途端、『好き』の気持ちが溢れてくる。消えることのない寂しさを抱え、切ない胸の痛みの中で伊織への気持ちだけがゆっくりと募る。
俺のことを許せなくても、子供が出来たと伝えたら、伊織は責任を取って一緒にいてくれるかもしれない。でも、拒絶されたら……
怖くて実家に帰ることはできなかった。
ピーンポーン。
ドアを開けると、そこには賢人がいた。
「幹。最近、付き合い悪いな。時々、飯くらい付き合えよ」
「ちょっと、金がなくて……」
賢人にも言えない。復讐の為に、義理の弟に抱かれて、好きになった挙句、妊娠までしてるなんて。でも、出来るだけ、金を貯めないと。親からもらってるアパート代すら、もったいなく感じる。
「そういえば、義理の弟の……伊織くん。この前、駅で見たよ」
名前を聞いただけで、ドキッとする。
「…………元気そうだった?」
「会ってなかったのかよ。彼女と一緒だったみたい」
「え……」
「一個下とは思えないくらい大人っぽいもんな。伊織くん。 彼女、多分、Ωだよ。華奢ですげー可愛くて守ってあげたいタイプ。 腕組んで、甘えられてて羨ましかった」
その話を聞いてから、俺は上の空だった。
彼女━━?
…………あんなに『好きだ』と言ってくれてたのに。もう、次の誰かと幸せになるのか。お前の幸せを願ってたはずなのに、湧き出てくる醜い心。悲しくて涙が溢れる。
俺にしたみたいに優しくキスして、抱きしめる。もちろん、それ以上のことも。
そう考えただけで目が眩みそうだった。
俺はアイツの気持ちを利用し、酷い言葉で傷つけ、裏切った。これは罰なんだ……
伊織を思い出したら、余計泣けてきて、シャツの袖で涙を拭った。
……………………大事にしてくれていたのに、壊したのは自分。
もう戻れない……
誰かを想って、こんな気持ちになるなんて。
━━━━気付いたと同時に失恋。
粉々になった恋の欠片は俺を優しく縛り、いともたやすく、深い闇に落ちていく。
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