6 / 14

年末

 ふわふわとした気分はずっと続いていてどうやら顔に出ていたらしい。 「佐久間さん、何かいいことありました?」  営業事務の結城さんが声をかけてきた。この支店の紅一点だ。去年新卒で入ってきて、ようやく仕事を覚えた。仕事は的確で字も綺麗だ。美人なのでもてる。人事は顔で選んだとか言われている。  俺は全く彼女に興味がなく(どちらかと言うと男の同僚に声をかけるほうが緊張する)下心なしに話すので話しやすいのか、よく声をかけられる。なので同僚の視線が痛い。同僚は若い男性社員ばかりだ。  営業開始前の開店準備の清掃をしている俺にそう言った。  この支店、男性社員は俺を含めて4人。支店長が1人、事務の結城さんで回している。本社は東京ではなく神奈川だ。他に埼玉に一つ、ここ東京に2つの支店の中小企業だ。  不動産会社は意外と個人でもしくはのれん分けか、独立した社員が起こした個人経営が多い。古くからある不動産会社は地元密着だ。フランチャイズのロイヤリティを払って看板を借りている会社も多い。  うちの本社は神奈川の地主が起こした会社がもとで、それを同族で広げた感じだ。後に株式会社化して今に至る。  今はネットが主流だから、ネットの反響を追うことが多い。うちは賃貸と販売が半々なので貸主であるオーナーへの営業もある。俺の担当のオーナーへの年末のお歳暮営業は終えている。  後は見込み客の予定次第と飛び込み客の応対と年末休業前の大掃除で終わりだ。うちは他の会社より長めで、27日から5日まで休業だ。  そこばかりは感謝した。  おかげで敬と過ごすことができる。 「そんなに機嫌よく見えますか?」 「はい。もしかして彼女とか、出来ました?」  あーまー似たようなものなんですが言えません。 「いえ、友人と遊ぶ計画があるくらいですかね?やっと長い休みが来るので嬉しいせいですよ?」 「ああ、そうですよね。私と違って皆さんは休出とかありますし。その、雰囲気がちょっと違って見えたから、私の気のせいでした。」  雰囲気?やばい、敬のことで浮かれてたのが丸わかりだったとか。気をつけなきゃ。 「佐久間さんにお願いがあるんですけど、今日のカウンター、午後お願いできますか?本社に行かないといけなくなってしまって。夕方には戻るんですけれど、他の方は皆夕方まで外回りの予定が入っていて。お願いします。」 「わかりました。書類仕事が残っているだけですので大丈夫ですよ?」 「ありがとうございます。」  となると早めに昼を済ませておくか。カウンターにいなければならないわけではないけれど、来客があったら即座に出なければならない。もちろん出払ってしまうので電話応対も俺だけになる。 「すみません。」  午後もう15時になろうかという頃、飛び込みが入ってきた。 「このあたりで事務所を探しているのですが…」  驚いた。20代後半か、30代前半くらいのイケメンだ。どちらかと言うと甘いタイプの。ホストにいそうな感じだ。 「いらっしゃいませ。どうぞおかけください。」  俺は席からすぐに立ちあがって、カウンターに出た。椅子に座ってもらって、PCを開く。 「よろしければこちらにご記入ください。」  来客用の用紙に名前、連絡先、希望物件の条件を記入してもらう。拒否されたらひっこめる。そんなものだ。 「こちらでよろしいですか?」  丁寧に記入されて、名刺まで戴く。俺も名刺を差し出して、挨拶を交わした。  株式会社 シルフィ 代表取締役 岩永 良彦  聞いたことある会社だな。うーん、良客かも? 「条件は…駅から近く、40平米くらい、予算は…20万…」  カウンターにあるパソコンで条件を打ち込む。何件か候補が上がる。物件情報をプリントして客に示した。  ふと相手に視線を戻すと彼は俺をじっと見ていた。  なんだろう?おかしいな、俺自意識過剰なのか?なんだか、バーで値踏みされた時のような、そんな視線に感じるなんて。 「こちらか、こちらがお勧めです。」  彼は素直にプリントを見ながら聞いてくる。 「駐車場は?」  俺は条件を見る。ビルの中に空き区画があった。 「この物件のはいっている駐車場を借りられます。こっちは近くの月極駐車場に何件か空きがありますね。」 「検討してみます。年明けに連絡しますよ。貴方が案内してくれるんですか?」 「はい。もちろんです。よろしくお願いいたします。他にもよさそうな物件を探しておきますね。」  そう挨拶を交わして、彼は店を出ていった。よし、スケジュールに入れておこう。顧客情報を更新して、彼に紹介する物件リストを作成した。  あっという間に慌ただしい日々は過ぎて休みになった。  俺の部屋に家事○もんがいる…  雑巾を握りしめながら俺は思った。  お互いのスケジュールを擦り合わせる段階で、俺はうっかり口を滑らせた(メールだから手を滑らせた、かな?) ”いつでもいいかな?休みが始まってからは。” ”一応、27から休みになってはいるが…大掃除とかはしないのか?” ”普通にちょっと片づけて終わり。俺掃除苦手だし…”  そう打ち込んで返した後、速攻でメールが来た。 ”隆史の部屋に招待してもらおうか?もちろん休暇初日だ。”  怖かった。メールで怖いって思ったの初めてだったよ!  で、慌てて掃除したんだけど、彼基準ではアウトだったようだ。  彼はあっという間に俺の部屋を綺麗にしてくれて、洗濯も何もかも完璧に終えた。  俺はほぼ役立たずだった。    引っ越した当日でもこうじゃなかった。ありがとう家事○もん! 「よし、着替えを持ってうちに来い。どうせ、1日もすれば惨状になるだろう?せめてこのままで年を越せ。」  あ、わかってた。当然ですよね。うん。  着替えをまとめて敬のマンションにやってきた。歩いて、約15分。  こんな近くに住んでいたのに、一度も見かけなかった。ほんとに凄い偶然だった。  客間(玄関を入って左手の部屋)に荷物を置いて、リビングに入る。敬は、シャワーを浴びる、と言って浴室に行った。ごめんなさい、埃まみれにしてしまって。  敬はいつも声をかけた気に入った人間をここへ招待するんだろうか?  俺は何人目のセフレなんだろう?  なんだか落ち込みそうだったのでその考えを頭から押しのける。  今日は27日。年越しと言っていたので、もしかして、年越しまでこのままここに泊って行けってこと?  ぼんという音が聞こえそうなくらい真っ赤になった。  え?え?だって、最短でも6日はあるよ?ここに、そんな長い間?着替え、持って来たけど、3泊位の感覚でいた。うわーどうしよう。 「隆史」 「うわ、はいいい!!」 「なんて返事だ。緊張してるのか?」  振りかえると髪を洗いざらしにした敬がシャツとジーンズ姿でいた。 「隆史も埃まみれだろう?入ってこい。」  ぽんとタオルを渡された。頷いて慌ててシャワーを浴びに行った。  もう俺の心臓は止りそうです。  シャワーから出たら、夕飯が用意されていた。すごい。え、そんなに時間たってないよ?なんだっけ、もう一人の時短料理の達人みたいだ。 「すごい。敬、俺は今感動している!」 「何を言っているんだ。ほら、席に着け。」  眉を寄せて軽く流された。敬の正面に座って、いだきますと言った。  煮物に焼き魚、味噌汁にお新香、サラダに出汁巻き卵!俺はばくばくと食べてしまった。味噌汁は白みそで、山芋が入っていた。 「ごちそうさまでした!」  俺は食洗機に食器をセットした。食後のコーヒーをソファーで並んで飲む。  俺はカフェオレの砂糖入り、敬はブラックだ。 「敬、タバコ吸わないの?出会った時は吸ってた気がしたんだけど…」 「タバコ?…ああ…あれは、バーに行った時だけだ。部屋で吸ったら部屋が汚れる。ヤニは落ちないからな。部屋では絶対に吸わない。」  綺麗好きでよかった! 「そうなんだ。よかった。無理させてるのかと思って。」 「無理?」 「俺が吸わないから気を使ってるのかって。」  にやっと笑って顔を覗き込んできた。 「隆史の前では吸ったところを見せてない気がしたが、よく見てたな?隆史の前で吸ったのは、あの時だけだと。」 「吸っている動作が大人の男だったから見惚れちゃって…」  赤くなっている自覚はある。 「大人の?…あそこは成人した奴しか入れないから当然じゃないか?」  敬がカップをテーブルに置いたのがわかった。 「いえ、そうじゃなくて、俺が考える理想の男性像で、自分がそうなれたらと思ってた、大人の男って意味で、後はブラックコーヒーをカッコ良く飲める…」 「…別にブラックじゃなくても大人の男だと思うが?」 「あーだから、俺がそういうのがカッコイイって思ってるだけの話だから!俺にはできないことばっかりだから…憧れてるだけで…」  もう言っちゃえ。カップを置いて敬の首に両手を回した。 「だから、敬を見た時は俺の理想がいるって思って、絶対に知り合いになるんだって勢いで声をかけてしまって…だから…こんなふうに一緒にいるって、夢みたい。」  敬の後頭部に手をかけて引き寄せて唇を押しあてる。押し当てて囁いた。 「抱いて、敬。俺、ここに来てからずっと敬に欲情してるから。お願い。」  敬はふっと目を細めて微笑んで、俺の唇をきつく吸い上げた。  敬がリモコンを使ったのか、窓のブラインドが自動で降りていった。

ともだちにシェアしよう!