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二つの告白
仕事は順調だ。
例の岩永さんは一番最初の物件に決め、契約が決まった。
他にも支店を出す予定があるとかで何度となく案内している。
同僚にはいい客捕まえたなと羨ましがられた。
敬との関係は相変わらず、俺が敬の家に押しかけていって続いてる。
敬は俺のお母さんポジになりそうだ。躾けられている感覚に陥ることがある。
物は戻しなさいとか片付けなさいとか掃除しなさいとか。
………。
あ、俺が全面的に悪いな。
そして、休日はなんとお弁当を作ってくれている。
それで彼女が家に来てんのかとか、いろいろ言われて困っている。
いや困ってないけどね。嬉しいんだけども!
敬がこんな尽す系とは思ってなくて、俺はただ餌付けされてるのかどうなのかもわかんないんだけど、一応気を使わないでと言ったら…
『抱き心地をよくしているだけだ』
との尊大なお言葉が返ってきて、俺は何も言えなくなった。料理はほんとに趣味らしく、世の中で美味しいと言われたところを連れ歩かれて、敬が気に入った料理や俺がおいしそうにした料理を再現してくれる。
おかげで5キロ太った。
マンションにジムがあるので時折連れて行かれてる。
なんかこんなに幸せでいいのかと思うけど、俺がこんなにべったりしてたら、恋人も見つけられないんじゃないかと思うことがある。
敬には今、俺以外とセックスしている形跡はない。敬はほんとに忙しくて、プロジェクトの合間のほんの少しの期間しか、休みが持てない時もある。
会社(先方の)に泊まり込みだった時もある。
そんなわけだから終わった時は疲れているのに昂っていて、抱きつぶされそうになった時もあった。
何でもないように見えてストレスをため込んでいるんだなと思い知らされた。外に出さないタイプの敬は発散方法が料理とセックスなんだと、そう思い当たった。
俺がいて少しは癒されてるといいなってそう思った。
そうして俺と敬が出会ってからもう半年が過ぎてゴールデンウィークを控えた4月の半ば、唐突にそれは起こった。
「私とお付き合いしてくれないかな?」
カフェで今後の打ち合わせをしている時に唐突に岩永さんが言いだした。
オツキアイ?はて?
「君、ゲイだよね?私もそうでね。最初にあった時はバーですれ違ったんだよ。君は気付いていなかったようだけれど。たまたま入ったところで再会するなんて奇跡だろう?再会した時からずっと狙ってたんだけど、いくらなんでもすぐ迫ったら、枕営業させるのかって思われてしまうと思ってね。しばらく様子見ていたんだけれど、やっぱり君と恋仲になりたくなって。今交際を申し込んでみたけれど、どうかな?セフレとかじゃないよ?心も一緒に欲しくてね?すぐに返事ができないだろうからまた今度会った時にでも。もちろん断られてもちゃんと仕事上ではつきあってきたい。よい方向に考えてくれると嬉しい。」
俺の手を軽く握ってそのまま岩永さんは立ち上がった、
「また連絡します。この間の物件は契約を進めましょう。では。失礼するよ。」
俺は茫然とそこにしばらく座り込んでいた。
あー、最初に値踏みされたって思ったの気のせいじゃなかったんだ。
油断した。
ビジネスに割り込んだこの告白が俺は断らないだろうと言われているようで、少し頭に来た。
確かに恋人はいない。
いないけれど、付き合えない。
気持ちに嘘はつけない。
だって岩永さんに会うのはお客さんに会うくらいの気持ちで。(まああたりまえだけど)
敬と会う時は俺の特別なんだ。
会ったら蕩けそうになる。今だって毎日ドキドキしている。セフレを解消しようと言われたら、会社を休んで泣き暮らす自信がある。
そんな相手に岩永さんは俺の中でなる気がしない。
だから無理だ。
敬がいなかったら考えただろうけど、考えただけだと思う。
敬の様な俺の好みの相手にはもう一生会えない気がするんだ。
「敬。俺告られた。」
もやもやするのは嫌なので言ってしまおうと思った。
「は?コク?」
急に言いだした言葉にきょとんとしている。敬にしては珍しい表情で何となく嬉しい。
「俺とお付き合いしたいんだって。恋愛関係になりたいって言われた。」
じっと敬を見て真剣に言った。
「どうするんだ?……この関係を終わらせたいのか?」
眉を寄せて俺に問いかける。俺は首を横に振った。
「まさか。そうだったらストレートに好きな人ができたっていうよ。不思議なんだ。そう言われるの一生ないと思ってたから言われて嬉しいはずなのに、嬉しくないところが…すぐ断ろうと思った。でも猶予を置かれちゃったからずっとその間引きずってなきゃならないのがもやもするっていうか。」
俺は頭を手で掻きむしった。
「あーもう。敬!」
きっと敬を睨んだ。
「大体敬がいけないんだよ!?俺の好みど真ん中なのがいけないんだ!」
びしっと指を突きつける。敬の顔が鳩が豆鉄砲くらったみたいになった。
「それは褒めてるのか非難されているのかどっちなんだ?」
と肩を竦められた。
「ああ、そういうのってほんと敬の反応だよね!ここで、俺のものだから、そんな告白蹴っておけとか言ってくれないし!もう、俺が受けるって言ったらもう会わないような方向じゃない?」
テーブルに手を置いて立ちあがった。
「お・れ・は、敬が、好きなんだ。」
ああ、言っちゃった。重いの敬、嫌なのに。
「だから断るの。ほんとは言わないで断ろうとか思ったけど、独り相撲もいやだし。ちょっとは期待したのになー。まあ、いいか。敬が俺が重いって思うならいつでも会わないようにする準備があるから。」
やばい、泣きそう。
「ごめんちょっとトイレに。」
敬に背を向けて歩きだした。洗面所行って顔洗わないと。
そうしたら敬に後ろから抱きしめられた。
「隆史。確かにお前は出会った頃から5キロは重くなったが。」
そこは言わなくていいところだよ。重いの意味が違うよ!
耳元で囁かれてぞくぞくした。
「残念だな。俺はそれくらいでちょうどいい。隆史は人の話を聞かないところがあるから少しは直せ。俺が隆史を好きだという可能性は少しは考えたんだな?」
あれ?なんだ?敬の堅くなってる。意識して赤くなった。
「それは…家に入れてくれてるし、ご飯作ってくれるし…ちょっとは敬の特別になれてるのかって思うことはあったけど。」
「言っておくが、なんとも思わなかったら、家にあげなかったし、何度もセックスしていないぞ?同じ相手と3度会ったことは今までなかったからな。」
え?
「それって…」
信じられないような表情で敬を振り返る。少し困った表情を浮かべていた。
「とっくに恋人になっていると思っていた俺がバカだったよ。一度も口にだしてなかったな。隆史、お前が好きだ。俺の恋人になってくれ。」
かあっと顔が赤くなった。嘘だろ。天変地異が起こるんじゃないのか?
「返事は?」
ぎゅっと抱きしめられて離される。後ろ向きからお互いに正面に向き直された。
「なる。なりたい。敬が好き。大好き。」
抱きついてキスした。
それから気絶するまでセックスした。
腰が抜けるかと思った。
それから、岩永さんには丁寧にお断りした。
「残念ですね。でもチャンスがあれば再度チャレンジしますよ?今の相手に飽きたらぜひ、声をかけてください。」
あれ?相手いるって言ってないけど。
別れ際に耳元で囁かれた。ワイシャツの襟ぎりぎりをちょんとつつかれて反射的に手でかばう。
「キスマーク、見えてますよ。ちゃんと見えないところにしましょうって言わなくてはね。貴方のお相手が心底羨ましい。今度は投資用のマンションかアパートの紹介をお願いしますね。オーナーチェンジ物件がいいですね。ではまた。」
手を軽く振って岩永さんが去っていく。最近の敬はキスマークをやたらつけたがるから困っているのだ。温泉にも入りにいけないと愚痴ったら今度貸し切りか部屋付きの温泉に連れていってやると言われた。
得した。
GWは、旅行の計画がある。離れの温泉宿でかけ流しの露天風呂付き。敬のおごりだ。前半に2泊3日で帰ってきたら敬の部屋に俺が正式に引っ越す。家賃分を敬に払って同居する。
いや、同棲なんだけどね。対外的には同居か下宿。
「来たよ。敬。」
単身パックを利用して引っ越した。荷物を客間だった洋室に運んでもらった。家具付き物件だったからほとんど中身だけだ。
家事○もん再降臨。
あっという間に片付いた。
「蕎麦にしたぞ。食べよう。」
敬がご飯を用意してくれる。すれ違いは多いけれど、新しい日々が始まる。
俺は上機嫌でリビングに歩いていった。
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