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ハッピーバレンタインー前編ー(番外編)
「はい。佐久間さん、ハッピーバレンタイン。」
2月12日の朝、結城さんが綺麗な包装のチョコをくれた。
義理チョコだ。その義理堅さに感謝する。
「ありがとう。そんなに気にしないでいいのに。大変でしょう?」
去年もちゃんと支店の男性陣全員に贈ってくれた。俺は女の子からもらうチョコには全く興味はないんだけれど、同僚は大変に感激していた。もちろん今回も全員に配っていた。
「いいんですよ~こういうの選ぶのも楽しいんです。この時期いろんな限定チョコが売り出されるから毎年楽しみなんですよ。」
彼女はにこにこして話してくれた。
「まあ、男の人で甘いのだめな人もいるからお酒とかも売り出されてますけどね~。佐久間さんは甘いの大丈夫でしょう?ミルクチョコにしておきました。」
というと席に戻っていった。
女の子ってマメなんだなあとほんとに感心した。
あ。男同士の場合、どうなんだろう?
敬は欲しいのかなあ…でも甘いもの嫌いみたいだし。お酒がいいのかな?帰りにちょっと覗いてみるかな…
会社の近くにある駅ビルのバレンタインチョコ売り場に寄ったけれど、とても男が近寄れる雰囲気じゃなかった。
なので酒売り場に移動し、敬の好きそうなお酒を買おうと思った。
敬はウィスキーをよく飲むからそれを買おう。
ラッピングをしてもらってマンションに帰った。
13日と14日は会社の休日だった。どうしてもやらなければいけない事案はなかったので俺はそのまま休むつもりだ。
敬は普通に出勤で相変わらず休日が合わない。
こういう時は普通の会社員がよかったと思わないでもない。だけど、一緒に住んでいるから毎日顔は会わせる。
顔が見られれば結構満足してしまうものだった。
夜一緒に寝れば、お互いの体温を感じて嬉しくなる。
敬の仕事は思ったよりハードだったから、あの場所に来られること自体がまれな時間だったんだと、思わざるを得なかった。だから同じ場所を利用していたのにあの時が初めてだったと納得した。
俺も残業はするけれど、泊まったりはしない。初めて会った時聞いた仕事の中身はオブラートに包んでいたんだと思うことにした。
それなのに家事全般はいまだに敬の仕事だ。
俺の家事の才能が壊滅的なことと、意外にも家事をしているのが敬のストレス解消の手段だったからだ。
ストレスがたまると食事が豪華になる。
不思議だった。
時間がないのにもかかわらず、豪華な食事が出てくる。
ここのところ、土日まで出勤だったので3割増しだ。
最近は弁当まで豪華になった。
危険な兆候だ。仕事が忙しすぎてセックスもご無沙汰だった。
俺が二連休なのは敬に悪い気がした。
うーん…今夜くらいご奉仕とかで。
いまだにフェラやらせてもらってないんだよな。
あまりに敬に流されまくってるから。
あ、やってもらったことならあります。
って誰に言ってるんだよ、俺は。
「ただいま。」
敬は帰ってないと思っていてもそう言って中に入る。シンとした暗い空間に電気のスイッチを入れて部屋に上がった。
今日も帰ってきてないか。
多分、日付が変わる前に帰ってくるんだろう。
そう思っていたらメールが来た。
『遅くなる。寝ていてくれ。』
そろそろ敬にラインくらいはしてもらおうと思っているけど、ガラケーなんだよな。
暇がないからいらないらしい。そもそもアプリを使う気がないっぽい。
仕事でたまに開発に絡む時があるらしいから、仕事思い出すんだろうなあ。
買ってきたお酒をリビングのテーブルの上に置いて、作り置きのカレーをあっためて食べた。
カレーは敬がまとめて作って冷凍している。
なんでもジャガイモを入れなければいいと言っていた。
敬は玉ねぎとひき肉で作ったカレーを冷凍していて、具材は食べる時に足すという技を俺に見せてくれた。
素揚げした野菜の上にカレーをかけて出してくれた時はびっくりした。
あれだ、コ○○チの家庭版みたいな。
一人身だとカレーは余るからだと言った。
いや、そもそも一人身でカレー作りませんから。男は。
レトルトか、弁当屋で買う感じだと思う。
そんなふうに言ってみたら、首を傾げられた。
敬は時々、俺の常識が通じない。
食べた後の皿を水でゆすいで食洗機に放り込んだ。後はスイッチを入れればいい。あ、ちゃんと洗剤は入れてあるよ。
そのまま放置して風呂に入って寝た。俺の部屋はあるけれど、俺のベッドは敬のベッドだ。
そのちょっと広いベッドに潜り込んで(俺が住むことになってキングサイズに敬が買い替えた)目を閉じる。
敬のことを考えてたらいつの間にか寝入ってしまった。
目が覚めると一人だった。あー、帰ってこないコースだったんだなあ。
時計を見ると8時。いつもより2時間寝坊だ。
まあ、休日ならこんなものだ。大体、敬が起こしにかかるけど。
身支度をして、ぼうっとした頭のままリビングに行った。帰ってきた形跡はない。
しかたない。パンとカフェオレだ。
簡単な朝食を済ませてテレビをつける。敬がいない休日は暇で仕方がない。掃除でもしようかと思うが前に敬がいない時にしてみたら、絶対するなと言われたのでしない。
新聞を取りに行って、仕事用の携帯にメールが入っていたので仕事かと思ったら岩永さんだった。
『バレンタインのチョコお待ちしています。』
…俺、担当外れようかな。
あいかわらず諦めてないのか、からかうのが趣味なのか。時折こんなメールや会話をしてくる。
そもそも不動産の営業とこんな頻繁にあってどうするんだよ、と思う。
彼の本業は小売業らしい。
とりあえずスルーだ。そもそも、男に強請るんじゃない。
敬に言われたらホイホイ買うんだけど。
スマホでゲームしたりして時間を潰していると、玄関で音がした。
出てみると敬だった。
「ただいま。」
なぜか大量の食材らしきものがいっぱい詰まったレジ袋を二つ持っていた。
「お帰り。早かったね?」
一つ持とうと手を出した。一つ受け取ると敬がキスしてきた。チュッと軽いキス。
思わず赤くなる。
「ただいまのキスだ。」
にやっと笑うとすたすたと歩いていった。思わずドキドキしちゃうじゃないか。
もう。
かっこいいと思ってしまうのは惚れた弱みなのかなあ。
食材を置いて敬は着替えに行った。俺もその脇に置く。
なんか1週間分はありそうな感じなんだけど。
そもそもまだお昼なんだけど。でも帰ってきてくれて嬉しい。シャツとジーンズという格好で戻ってきた敬はそのままキッチンに立つ。
俺は邪魔しないようにソファーに戻った。
しばらくするといい匂いが漂ってきた。
これはあれだ。ストレスが限界を超えたと見た。
「敬、仕事はひと段落ついたんだ?」
匂いにつられたように思えるだろうけど、ソファーからカウンターに移動して、料理をしている敬を見ながら話す。
手さばきが神だ。
「ああ。終わった。代休をもらったぞ。明日は休みだ。」
微笑んで頷く敬に俺は笑顔になるのが止められない。
「ほんとに!?一緒に休みって正月ぶりだよね。すっごい嬉しい。」
と声が弾む。敬はそんな俺を見て微笑みながら料理をしてた。
「どこか行くか?それとも、引きこもるか?」
思わず想像して赤くなる。
「引きこもりの方を想像しただろう?」
そんな俺をにやにやした顔で見ながら言う。図星だ。だって、一緒にいられるんだったらずっと一緒に二人きりでいたいじゃないか。
「そりゃあ。出かけるのも楽しいけど、せっかくだから二人きりの方が嬉しいなあって普通思うでしょう?」
素直に吐露すると、敬がふっと笑った。
「確かにそれは俺も思うな。このところしてないしな。」
敬の視線が俺の下半身に向けられた。本当に敬は遠慮がないからなあ。夜に帰ってきたら多分料理よりそっちだったかな。
「視線がエッチだよ。敬。」
とおどけて言うと更にエロい笑顔になった。
「ああ、今隆史を剥いて舐めまわすところを想像していたからな。」
ええっと。もう、口では勝てないや。
「包丁持って危険だから俺はできるまで退散します~」
と、ソファーに逃げた。
敬がくすくす笑うのが聞こえたが、無視してテレビを見る振りをした。ちょっと反応してしまったけど、内緒だ。
しばらくするとパスタが出てきた。ほうれんそうとベーコンの和風パスタ、半熟玉子のせ。
あれ?さっき手元で見ていたものじゃないなあ。お肉とか仕込んでなかったかな?
まあ、いいや。おいしそう。思わずお腹が鳴った。
「いただきます!」
「いただきます。」
二人で言ってから手をつける。しばらくパスタを堪能する。
皿を空にして、水を飲んだ。
「は~美味しかった。ごちそうさま。」
にこにこして敬に言うと、敬は嬉しそうな顔をして俺を見た。
「どういたしまして。」
にっこりと笑う敬の顔は凶器だ。思わず真っ赤になってしまう。慌てて食器を持ってキッチンに下げる。
キッチンは綺麗に片付いていた。
食器を食洗機に入れてスイッチを入れた。いつの間にか後ろに敬が立っていた。
「隆史。」
後ろから抱きしめられた。顔だけ振り向くと咬みつくようなキスをされた。舌が割って入ってくる。
「…んっ…け、い…」
咥内を舌先で弄られて、ぞくりと背筋が震えた。舌を擦り合わせるようにして唾液を交わした。
きつく吸い上げられて頭がくらくらした。角度を変えて何度も深いキスをする。腰から力が抜けそうなところで唇が離れた。
耳元に敬の口が寄せられた。
「ベッドに行くぞ」
腰を直撃する低音に、もちろん拒否することはできなかった。
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