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初旅行ー前編ー
温泉宿の離れに二泊三日。
浮かれた俺は表情に出てた様で同僚の事務員、結城さんにちょっと突っ込まれた。
「なにかいいことあったんですか?顔に出てますよ?」
「い、いやあ、ほら、久しぶりの連休じゃないですか?嬉しいに決まってますよ?」
誤魔化し笑いで言った俺を何やら物言いたげに見つめた後、そうですね~私も楽しみですと大人の対応で仕事に戻って行った。
さすがこの事務所の紅一点である。
俺は佐久間隆史、二四歳。不動産の営業だ。
今は恋人が一人いて今度の|GW《ゴールデンウィーク》に二泊三日で泊まりに行くのだ。
しかも両想いになったばかりでほやほやだ。
恋人は蕪木敬。三二歳でIT企業に勤めている。システムエンジニアだとか言っていた。
出会いは出会い系のバー。会ったその日にお持ち帰りで何度かあっているうちに、告白して恋人になった。
あ、俺は生粋のゲイで、敬もそう。
この温泉旅行から帰ったら敬のマンションへ引っ越すことになっている。荷づくりで大変と思いきや、家事○もん(敬)が来て事なきを得た。
敬って女子力高いよな。前に言ったら睨まれたけど。ちなみに胃袋は掴まれている。
あ~幸せ。旅行もめっちゃ楽しみだし。にやにやしてたら同僚に気持ち悪いとか言われたよ。悪かったな。
そして旅行当日、目的地に向かう電車の中にいた。
「俺この電車乗るの初めてだよ。」
「俺もだ。そもそも旅行自体行かないからな。」
敬が何気に言った言葉に目元が染まった。
「そ、それなのに、俺と?ありがとう、敬。」
ほんとに敬の仕事は無茶苦茶なのだ。納期という言葉がすべてを許すと思っている節がある。まあ、客商売は仕方ないかもしれないけれど。
窓の景色を見ながらそれについて話したり、ちょっとうとうとしたりしながら過ごした。
箱根に着いて駅前の土産物屋を冷やかした。観光客は外国人が多くて賑わっていた。
「箱根は来たことあるけど、ちょっと客層が違うような気がするなあ…」
「そうだな。そうでなくても街中でよく見かけるようになった気はするが。」
宿は仙石原の近くにあるそうなので、バスで五十分位のとこらしい。
そこにも観光名所はあるようなのであちこち巡りながら宿に行こうということになった。
「縁結びの神社なんかどうだ?」
と敬が珍しく冗談を言ってきた。
「いいね。お守り買おう。敬に虫が付くと嫌だし。」
と切り返したら嬉しそうに笑ってくれた。
縁結びの神様は芦ノ湖のそばだ。芦ノ湖を巡って神社をお参りしてから宿に行けばちょうどいい時間になりそうだ。
「遊覧船にも乗ってみる?」
「そうだな。」
うわーなんかちゃんとしたデートだ。嬉しくて口元が緩む。敬はこういうの乗りが悪いかと思ったけど、意外と楽しんでくれてるみたいだ。そんなことを思っていたらシャッター音がした。振り向くと敬の手にスマホがあった。
「変な顔だったぞ?」
にやっと笑って言ってくれた。
「わーちょっと!それってどういうこと?」
奪って見ようと思ったらポケットに隠された。バス待ちの列にいたのでそれ以上騒ぐわけもいかず口を尖らせて拗ねた。
「あとで二人で撮ろう。」
こそっと囁かれて俺はすぐに機嫌を直した。
俺ってチョロい。
元箱根まで行って神社へお参りした。おみくじを引いてお守りを買った。
おみくじは結んで置いてきた。それから遊覧船で湖尻へそこからバスだ。
遊覧船はちょっとうきうきした。あんまり船に乗る機会はないから思わずはしゃいだ。
船を降りてちょうどお昼だ。
「敬、どこかで食べる?」
「そうだな。どこかはいろうか?」
そう言われて近所を探す。結局目の前のレストランにした。近かったし。
「やっぱり混んでるね。でもそんなに待たなくてよかったよ。」
「まあ、少し早い時間だからだろう。」
満席の店内を眺めながら食事を待った。
「敬、ロープーウェイがあったよね。行ってみない?」
俺はさっき見たロープウェイを思い出しながら言った。
「ああ、なんとかと煙りは高いところにだったか?いいぞ。」
「ひどい!敬は時々ひどい!」
そんな会話をしていると頼んだ食事が来た。
「おいしそう。いただきまーす。」
「いただきます。」
俺はオムライス、敬はとろろそばだ。微妙に年齢が出てるかなと思った。
「お子様舌だな。」
心を読まれた?俺が驚いた顔で敬を見ると意味ありげに笑ってそばをすすっていた。器用だな!
俺は何だか悔しい気持ちでオムライスを平らげた。
レストランは見晴らしがよくて、よくある観光地のレストランだったけど、気持ちよく食事ができた。
ガイドブックを見て宿までの行き方を検討したら、ロープウェイで早雲山まで行ってケーブルカーで強羅に下るというコースにしようということになった。噴火の影響はそこそこなくなったみたいだ。
早雲山までの料金で大涌谷にも降りられるみたいで、早速乗った。いい天気で遠くまでよく見えた。近くにいる敬の顔をそっと見る。
ほんとにかっこいい。いまだに恋人になったのが信じられないけど、敬の側は心地いいし、敬も楽しそうだから俺でいいんだろうと思う。時々、ディスられるけど。
天然とか、抜けてるとか、掃除機能不全症候群とか。
あれ?涙出そうになった。
「なんだ?何かついているか?」
あんまり見すぎて気付かれた。
「う、ううん。なんでもないよ?」
慌てて外の景色に視線を向けると背中を覆うように乗り出して敬も景色を見る。
くっつかれて俺の心臓は破裂寸前になる。目元が熱いんだけど、敬。
「噴火がおさまってよかったな。」
「うん。でもまだ規制中みたいだけどね。ハイキングコースはだめっぽい。」
「駅の見晴らし台くらいは大丈夫だろう。」
「黒玉子食べたい。」
「お土産に買うか?」
「いいね。なんか美味しいものあるかな…」
「食い気ばっかりだな。」
くくくっと笑い声が肩ごしに聞こえる。悪かったね。食い気ばっかりで!
大涌谷の駅を降りると硫黄の匂いがした。さすが噴煙地が近いだけある。
強羅方面にはどっちにしろ乗り場が違うので一旦降りないといけない。
ハイキングコースは無理だけど、一部の園地には入場できるみたいで近くに行けるだけ行ってみた。
黒玉子も買った。黒玉子のオブジェ前で記念撮影もした。意外とベタな観光を楽しんだ。
早雲山行に乗ってそこから強羅へ向かう。こっちは本数が少なくて意外と待った。
強羅で降りたらバスで宿まで向かう。
「天気よくてよかったね。」
「ああ。そのせいもあってか人出は多いが。」
「GWだからね。仕方ないよ。」
満員のバスで立って話しながら目的のバス停まで揺られた。
宿のそばのバス停で降りるともう、十六時を過ぎていた。
「あ、あれじゃない?」
HPで見た外観を見つけて正面入口へ向かった。
「いらっしゃいませ」
従業員が迎えてくれてチェックインした。
俺達の部屋は本館と少し離れた離れで露天風呂付きだった。
説明と夕食の時間の確認をすると仲居さんは下がって行った。
「うわー、すごいね。部屋広!」
「そうだな。予想よりいいな。」
俺は中を見回りながらはしゃいだ。敬もそれに付き合って風呂場や寝室を見て回った。
「ここが露天風呂か。そっちのシャワーブースで洗ってから入る感じだな。」
部屋の端に庭を見渡せるくらい扉を開け放すと開放的な風呂があった。浴槽は木で作られていて乳白色の温泉で満たされていた。
「お風呂もうはいっちゃう?」
「それもいいな。あっちにも内風呂が付いていたな。どっちがいい?」
俺はしばし考えて内風呂の方を見た。
「まだ明るいから内風呂で。夜また露天に入ろう?淹れてくれたお茶飲んで少しまったりしてからにしよう?」
「わかった。」
開け放した縁側から見える庭を眺めつつお茶をすすった。
対面に座イスがあったけど俺は敬の隣に移動してくっついた。
「甘えん坊だな。」
そういいながら肩を抱いてくれた。
「いいじゃない?初お泊りデートだよ?」
「それもそうか?」
そう言うと俺に口付けしてくれた。吸い上げるだけの甘いキス。
うっとりとそれを受けた。離れていくのが惜しい。
「隆史、ものすごく誘っている顔をしてるぞ?」
ハッとして、湯呑みに手を伸ばしてすすった。咽た。
「図星だな。」
くすくす笑う敬に顔じゅうキスされた。真っ赤になったのは仕方がないと言わせて欲しい。
「あーうん…お、お風呂行こうよ。エッチは夜。夜だから!ごはん来ちゃうし!」
ニヤニヤした顔のまま、敬の癖なのか、顎を手でさする。
「わかった。夜だな?」
「そう、夜!」
俺は真っ赤な顔のまま、お風呂の支度をしたのだった。
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