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第6話

「旦那、聞いてますか?」 兵吉の声が聞こえて菊之丞はハッと我に返る。 いつも通りの昼、饂飩(うどん)を啜りながら兵吉が最近上の空が多いですよ、と愚痴(ぐち)る。 「例の物盗りの件ですよう。目撃者がハッキリと顔を見たって言うんで瓦版が出るんです」 御用聞きの力で、瓦版が出回る前に其れを貰ったと言う。 「ほお、お前にしては上出来じゃねえか」 「それが…、その絵なんですけどね」 兵吉が(ふところ)から四つ折りにした瓦版を取りだす。 其れを菊之丞は机に広げた。 描かれた物盗りの似顔絵は手拭いがとれた状態だ。 「何でも、揉み合ってる時に手拭いがとれて顔を見たって」 「…こいつは…」 瓦版に描かれていたのは右頬に刀傷のような傷を持つ男だ。 長い髪を後ろに束ねている。 まるで 「…芳次郎じゃねえか」 瓦版を持つ菊之丞の手が震えた。 その日の夜。 菊之丞は自室に閉じこもった。 蝋燭(ろうそく)で灯りを灯し、兵吉から貰った瓦版を睨んでいた。 あの芳次郎が物盗りなどする訳が無い。 しかしどう考えても、この顔の特徴は芳次郎だ。 この屋敷の近くの出没回数が多いことと、物盗りが始まり出したのは芳次郎が雨の中、蹲っていた頃からだ。 つまり考えれば考えるほど、芳次郎が怪しくなっていく。 菊之丞は頬杖を付き考え込んだ。 このまま瓦版が出れば皆が芳次郎だと気づくだろう。 そうなる前に、同心として…芳次郎を差し出すべきだろうか。 考えて考えて、菊之丞は八十助に芳次郎を連れて来るように伝える。 何も知らない八十助は、芳次郎と交代して自分は丁度息子の所へ行く用があるのでお暇しますと言って来た。 その方が菊之丞にとっても好都合だった。 「旦那さん、お呼びで」 夜に呼び出しを食らうのは珍しく、おずおずと芳次郎は菊之丞の部屋へ入った。 蝋燭の火がユラユラしながら部屋を照らす。 菊之丞は芳次郎の方を一切、見ようとしない。 訝しげにしている芳次郎の手元へ菊之丞が一枚の紙を差し出しだす。 「これはお前なのか、芳次郎」 紙を手にして、じっと見入った芳次郎。 「…旦那さんはどう思ってるんですか?」 「俺の事を聞いてるんじゃねえ」 バン、と机を叩き菊之丞は芳次郎を睨んだ。 睨まれた芳次郎は微動だにしない。 (むし)ろ、菊之丞をジッと見つめた。 その態度に苛苛(いらいら)する。 (しばら)く経って、ようやく芳次郎が口を開く。 「…確かに犯行はこの屋敷近くだ。風貌も俺だ。そんな奴を同心が匿っていたとなりゃお上も黙ってないもんなあ。いやむしろ、こいつが怪しかった、って手柄をあげるか。 その方が賢いなあ、同心サマ」 芳次郎の態度に、カッと血が上る。 胸ぐらを掴んで握った拳で殴ろうとして…手が止まった。 「お前じゃない」 「どうして。そっくりだぜ?右頬の傷に、この髪型」 「…お前はこんな事、しねえ」 「俺の何を知ってる?ちいと少し知り合って、住まわせてやってただけだろう」 ああ、と芳次郎は菊之丞を見下した。 そして耳の側で囁いた。 「俺に惚れてるからか」

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