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第8話
結局、物盗りは芳次郎ではなかった。
瓦版が出る寸前、犯人が捕まった。
捕まえてみると芳次郎とは似ても似つかない顔。
目撃者の男は犯人の一味で、ワザと違う風貌を証言したのだ。
落胆したのは菊之丞だ。
瓦版の情報を鵜呑みにして芳次郎に詰め寄り傷つけてしまった。
あれから三ヶ月。
芳次郎の行方は分からない。
「や、旦那さん!今日はあったけぇな」
気がつくと、兵吉と町を廻ってるときに町人たちに声をかけられるようになってきた。
これも芳次郎のお陰なのだろうか。
「山さん、屋根の修繕か。気をつけてな」
菊之丞も以前のように構えることなく町人と話すことができていた。
「そろそろ春が来るんですかねぇ」
雪ももう降ることはなくなって、今日の様にうららかな日を感じられるようになっていた。
「お、そば屋でてますぜ。食べてきますか」
兵吉が指差した先のそば屋は、あの犬に追いかけ助けられた時に芳次郎と食べに行った所だ。
「…いや、今日はいい」
芳次郎は行方をくらます際に八十助を始め、世話になっていた長屋の住人たちに律儀に文を預けていた。
どうしてもここを離れなければならない事情が出来てしまい、挨拶もなくお別れとなり申し訳ないと。
八十助にはお守りが同封されていた。
「アイツはどこいったんですかねぇ、住処くらい連絡しやがれって言うんだ」
八十助は強がりを言いながらも恐らく寂しくて堪らないのだろう。
長屋の住人も、少しばかり元気がない。
その原因を作ったのが自分だと思うと申し訳なくて胸が張り裂けそうだ。
町廻りを終えて帰宅しようとした矢先、長屋に住む子供に話しかけられた。
「ねぇねぇ、これ、ヨシ兄ちゃんの部屋に置きっぱなしになってたから渡して来いって」
小さな手から菊之丞が受け取ったのは、煙管 だ。
筒の部分に蛙の装飾がしてある。
芳次郎が煙管を使っているところを一度も見たことがない。
何故これを持っていたのだろうか。
「兄ちゃん、いつ帰ってくるの?」
ジッと菊之丞を見つめる子供の頭をポンポンと撫でる。
「わたしが連れて帰るよ。少しの間、待てるだろう?」
「うん!」
子供は嬉しそうに笑うと長屋に戻っていく。
煙管を握りしめて菊之丞はため息をつく。
屋敷に帰り、食事をとっている際に煙管を置いた。
八十助が何気なくそれを見る。
「煙管ですか、珍しい」
菊之丞も煙管を使わないので、訝しげに見た。
「ああ、それは芳次郎の部屋にあったらしいよ。煙管なんか使ってねえと思うんだが」
「芳次郎が…?何で煙管持ってたんですかねぇ」
煙管を手にとり、八十助は筒の部分の彫り物に気づくと目を凝らして見入っていた。
「その煙管になんかあるのかい」
八十助の顔が尋常ではないことに気づき、菊之丞が聞いた。
「これは…羽左衛門様の煙管です…!」
八十助は手で口を覆い、煙管を菊之丞へ渡す。
あまりに突拍子もない話だ。
「父上の?蛙の装飾なんてよくあるんじゃないのか」
「よく見てください、蛙の横のツタ。これは羽左衛門様が好んで作られたんですよ」
確かに羽左衛門は蛙が好きでツタと共に描かれた碗があることに気付いた。
それであれば、なぜ芳次郎が持っていたのか…
「いや、八十助やっぱり違うだろう。私は父上が煙管を使っていたのを見たことない」
菊之丞がそう言うと、八十助の顔がみるみるうちに青くなっていく。
そして目眩を起こしたのかその場に崩れた。
「お、おい。八十助、大丈夫か」
「…菊之丞さま…、私は大変なことを…申し上げます」
八十助は震える唇で答えた。
「芳次郎は…あなたの、双子の弟です」
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