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第9話
八十助の話はこうだった。
菊之丞の母、咲 が身篭った。
尋常ではない程に張った腹に、どんな元気な男子が育ってるのかと周りは期待した。
だが実際、出産したところ、双子であった。
この時代双子は忌み嫌われていた。
一度に複数人を出産する姿は、人間でありながら家畜のようだと。
「不純なもの」「汚らわしいもの」と考えられた。
人々は、同時に2つ以上の目が誕生してしまう事で不気味さを感じていたのだ。
たいていは片方が産婆によって「間引き」されていた。
つまり殺されて「生まれてこなかった事」となっていたのだ。
もちろん、武士の家で双子は育てるわけにはいかない。
羽左衛門は苦悩しつつも咲にどちらかを選ぶよう伝える。
だが自らの腹で10か月育てた我が子だ。
中々踏ん切りなどつかない。
隠すように、5歳前まで二人を育てていた。
しかしいつまでも隠しておくわけにはいかず、信頼できる夫婦に弟を渡す。
その時に泣きながら咲が渡したのがこの蛙の装飾のある煙管だった。
羽左衛門が愛用していたもので、いつか大人になったら使えと渡して欲しいと伝えていた。
渡した後、羽左衛門は全く煙管を使わなくなったのだ。
菊之丞は拳をきつく握りながら話を聞いている。
「そんな話、初めて聞いたぞ」
「お二人にはきつく止められてました。墓場まで持っていくようにと」
八十助は泣きながらすみませぬ、と謝っている。
「何の因果なんでしょうか、あのときの赤子が芳次郎だなんて…」
きっと芳次郎という名前も育ての親がつけたのだろう。
八十助が覚えていた名前は異なっていた。
「わかった、八十助。長い間両親の想いを受け止めてくれてありがとう」
その言葉に八十助は泣き崩れた。
自室に戻ると菊之丞はその場に座り込む。
(なんてことだ…)
双子だったなんて。
母の腹から出た、同じ血を分けた兄弟だったなんて。
それなのに、まぐわってしまった。
胃酸が上がってきて思わず庭へ駆け込み吐き出した。
全部出し切って、大きく深呼吸をする。
芳次郎は菊之丞を双子の兄だと、知っていた筈だ。
だからあの雨の日に屋敷の前で待っていたのだ。
犬から助けたのも菊之丞を尾行していた時に、いい機会だと助け舟をだしたのだろう。
双子の兄を、自分の家を確かめに来たのだ。
菊之丞の頬を、一筋の涙が伝う。
きっと頼りない兄に見えただろう。
だから最後はあんなことをして兄を蔑 んだのだろう。
それでも菊之丞には芳次郎の屈託のない笑顔が浮かぶ。
夜鳴きそばを旨そうに食べてた芳次郎
子供たちと遊んでた芳次郎
髪結いをしてくれた芳次郎
「それでも俺はお前に惹かれていたよ」
自分の気持ちを確かめるかのように、呟いた。
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