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第11話※

其れから芳次郎は今までの話をポツリポツリと語り始めた。 芳次郎が引き取られた先は辛辣(しんらつ)な環境にあった。 双子の片割れだということを快諾して引き取ったはずの夫婦であったが 快諾したのは父親の方だけで、早くに亡くなってしまった。 後に残った母子二人で暮らしていたが、母は芳次郎を忌み嫌っていた。 忌み子なんだと、幼い芳次郎は何度も聞かされた。 生まれてこなければ良かったのに お前はついでに産まれただけだ 何度も擦り込まれた言葉は芳次郎の記憶となり その言葉は自分の心の奥底に思い(くさび)となって、いまでもいつまでも 胸のつかえは取れることがない。 『お前は忌み子だ、だが生きて行くがいい。 しぶとく生きやがれ』 亡くなる寸前に母が放った言葉は、自分も双子の片割れとして生きてきた証。 母もまた、忌み子だったのだ。 お前は生きていけと、背中を押された芳次郎。 いつか両親と兄に会い 恨みの一言でも言ってやろうと、思っていた。 それでも生きていくうちにその感情も薄れていったという。 恨みだけでは生きていけないと気づいた芳次郎は、姿だけでも良いとある日 菊之丞を探し出して尾行した。 兄の姿を見て欲が出たのか、両親にも会いたいと願った芳次郎はキッカケを待ち あの出会いに繋がったのだという。 両親はすでに亡くなっていることを屋敷に転がり込んた後に聞き、熱でうなされていた あの部屋で泣いていた。 会えていたら、両親は驚いただろうか。それとも忌み嫌われていただろうか… 想像するしかなくなった芳次郎は、せめて兄のそばに居たいと思うようになって居た。 弟だと言わなければ、きっとそばに置いてくれる。 犬を追っ払っただけでここまでしてくれるならきっと、根は優しいはずだ。 その目論見(もくろみ)通り、菊之丞は芳次郎をそばに置いてくれた。 菊之丞と過ごすゆっくりとした時間が好きだった。 兄として、そして一人の人間として。 それはもう恋慕だと自分でも自覚していた。 長屋での住人や八十助たちとの暮らしも今までになく幸せで、このまま過ごせるものだと思っていたのに。 それを打ち砕いたのは、あの物盗りの件だ。 菊之丞に疑われた芳次郎は激しく落胆した。 そういう目で見られた、ということが許せなくて、情けなくて、悲しくて どうせもう暮らせないなら全て壊してしまえば良いと。 菊之丞から向けられていた(ほの)かな好意を逆手に取り、芳次郎は帰れない道を選ぶ。 許されることのない、肉親間の色情。 畜生道(ちくしょうどう)へと誘い、自分の感情を消したのだ。 そこまで一気に話すと、芳次郎は目を伏せながらこう呟いた。 「だからこれ以上、一緒にはいられないんだ」 気がつくと芳次郎は泣いていた。 子供のように。 せっかく自分を求めてくれている人がいるのに、戻れないなんてと。 俺だって戻りたいと、声に出して泣く。 本当はあの長屋で暮らしたい。八十助たちとまた飲みに行きたい。 そして何より、菊之丞と一緒にいたい。 そんな芳次郎を菊之丞は抱きしめる。 芳次郎の涙で着物が濡れていく。 「戻ろう、一緒に」 「…できない」 「俺とお前が双子だと知るのは八十助だけだ。八十助はお前を忌み子なんて絶対言わない。むしろお前を息子のように可愛がってんだ。知ってんだろ」 「…」 「長屋の子供とも約束したんだ、ヨシ兄ちゃんを連れて帰るって。このままじゃ俺は、嘘つき同心になってしまう」 「…」 「何より、芳次郎。俺がお前と一緒にいたい。兄として…、一人の人間として。畜生道だろうが何だろうが、一緒にいたい」 泣きじゃくる芳次郎の顔を自分の方へ向けさせる。 「頼むから、一緒に戻ろう」 ポタリと菊之丞の目から涙が落ちた。 そしてそのまま、芳次郎の唇に口付けた。 それから二人は抱きしめ合い、求めあった。 長い口づけと、絡め合う舌。 お互いに体温を確かめるような愛撫に思わず声が出る。 「あ…あ…ッ」 もつれ合う指先を堅くにぎり合う。 「芳次郎…ッ、」 求めて居た声に思わず抱きしめる。 「…菊之丞…、もう、離れないから…ッ」 それがたとえ許されない道だとしても 二人はその道を歩んでいくのだ。

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