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ほろ苦い恋心とワンコ 7
そんな風に意識してしまった瞬間から心臓が煩いくらいに音をたてる。
黙れ。黙れ。そう何度念じても聞く耳を持たない心臓は速い鼓動を刻み続けている。
津田は泣きそうなくせに、無駄に目力だけ鋭くて捕らえられた俺は動けずにいた。
すると目を熱情で潤ませた津田がまた、そっと顔を近づけてきた。
また、キス……される。
そう思った。
けど、近づいた鼻と鼻がぶつかった瞬間、津田はハッとしたようにかぶりを何度も振ると、今度は俺の肩に額を乗せて自分を慰める手の動きをどんどん速めていった。
そして、息を荒くして体が小刻みに揺れだすと……また。
「先輩、ごめんなさい……」
そう呟いて、ビクビクッと小さく体を震わせ白濁を自身の手の中に吐き出した。
ハァハァと肩で息をするような、そんな息遣いが部屋に充満していてなんとも重苦しい空気のまま、俺も何も言えなくてただ時間だけが刻々と過ぎていく。
津田も自分が出した白濁も拭わずにずっと下を向いたままだから、どんな表情をしているのかもわからない。
暫くすると津田がいきなり立ち上がったかと思えば手早く身なりを整え、自分の鞄を掴んで部屋を出て行こうとした。
おい、ちょっと待て! 何の説明もないのかと、その後ろ姿を見たら咄嗟に少しきつく呼びつけていた。
「おい、ダツ!」
しかし津田は振り向きもせず、返ってきたのは覇気のない声だけだった。
「あまり大きな声を出さない方がいいです。皆さん眠っていらっしゃるんでしょう」
「でも、待てって」
「やっぱり帰ります。服はまた今度返します。本当にごめんなさい」
津田は俺に背を向けたまま部屋を出て階段を下りていってしまう。
俺もすぐ後を追うがやっぱり振り向く気配はない。
そして素早く靴を履いた津田が玄関のドアノブを掴み小さく呟いた。
「お世話になったのに先輩のご家族に挨拶もせず帰ること、謝っておいてください」
「ダツ待てって!」
「……先輩。本当にごめんなさい」
そのまま俺が止めるのも聞かず、逃げるように帰っていってしまった。
伸ばした手も閉まるドアに阻まれ、最後まで津田の後ろ姿しか見えなかった。
暫く呆然としながら玄関ドアを眺めてため息をつく。
追うことだって出来たはずなのに、色んなことがショックで俯きながら思いっきり頭を掻きむしり、またため息が漏れた。
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