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逢いたいワンコ 2

「わかりました。着替えてきます」 勢いだけで駄々をこねてしまったことは恥ずかしいが、津田が了承してくれたことに少しホッとして津田が着替えるのを外でじっと待っていた。 そして暫くして制服に着替えてきた津田はどこかに電話しながら部室を出てきて、通話を終えると俺の方へと走ってきた。 「先約は断ったのか?」 「……はい」 何度もこうやって一緒に並んで歩いたことがあるはずなのに、今日は空気からして重くていつもとは確実に違っている。 いつも津田が自主練を終える頃にはほとんど生徒はみな帰っているから、俺たち以外に残っている人を見かけることなく校舎は静まり返っていた。 2人だけって、気まずいな。 そんなことを思いながら正門を出ようとしたとき、津田が俺に向かって話しかけた。 「先輩は、俺に何か用ですか?」 用ですかって簡単に聞きやがる。 いつも通りの津田の声だけど、何となく突き放されるような怖さを感じた。 やっぱりもう遅いのかもしれない。 タイミングを逃したらその矢印はどこも交差することはなくて、津田の気持ちも離れて……。 でも、こんなときって何て言ったらいいんだろう。どう言えば、いいんだろう。 しばらく考えたけど、素直に……聞きたいことを聞こうと思った。 「ダツさ、何で最近……昼、こねーの?」 聞きたいけどやっぱり怖さもあって、軽く顎を引き俯いたまま目だけは背の高い津田を見上げるように見つめ、途切れ途切れに言葉を繋ぐ。 「それは……」 「俺が無神経だったから? もう、会いたくないから……か?」 「…………」 沈黙っていうのは針のように痛いし、鉛のように重い。津田が口ごもる程、次の言葉が怖くなる。 耐えられなくなって、視線そのものを落としたとき……津田がため息をついたのがわかった。 あ……そんなに嫌だったのかって、地味にショックで泣きそうになっていたら、ボソリと呟くような津田の声が聞こえてきた。 「……恥ずかしかったんです」 その声は絞り出すように小さく、微かに震えていた。 「なにが……だよ」 恐る恐るもう一歩踏み込んだ。 「……理性がきかなかったことが、です」 「…………」 すると津田は悲しげに眉を下げながら力なく笑顔を作った。 「先輩、すみませんでした」 「え?」 津田が何に対して謝っているのかわからずにいると、悲しそうな笑顔のまま目を伏せて話し始めた。 「最初は玉砕覚悟しでした。告白なんかして気持ち悪いって嫌われるかもしれないって思ってた。でも、先輩は俺を気持ち悪いとかも言わないし、友達のように傍にいさせてくれてくれました。それだけでも、奇跡みたいだってわかってます。それ以上は望まないって決めていたはずなのに……先輩を怖がらせるようなことをして、ごめんなさい」 どうして、津田はそんな悲しそうな顔して謝ってるんだ? 「なんで、お前が謝るんだよ」 「だって俺が悪いから」 「どう考えたって、悪いのはお…───」 “悪いのは俺の方じゃないか!!” そう叫ぼうとしたとき、その言葉を遮るかのように後方から車のクラクションが鳴って男の声が響いた。 『おーい、雄一郎~!』 その声に俺も津田も動きを止める。 嫌な予感がする。振り返れば、視界の端に見知ったシルバーグレーの乗用車が見えた。 ……やっぱり。 『おーい、雄一郎~。ゆう! ゆうってば! おーい』 半分振り向いた状態のまま、手を振る男を無視するかのように立っていると津田が困ったような表情で俺を覗き込んできた。 「あ、あの……あの人、先輩のことを呼んでいるんじゃ……」 「うん。……そうだな」 振り向ききらずに無視したままでいると、遠くで車のドアが閉まった音が聞こえ足音が近づいてくるのがわかる。 どうしてこんなときに……。 つか、こっち来んなよ。 「なんだ、友達か?」 男は俺の様子に構うことなく近付いてくるので場所を変えようと、不思議そうな顔をする津田の手をひいて横を通り過ぎようとした。 「おい。無視するなよ雄一郎。お前の大好きなお父さんだぞ~」 ほんと、どうしてこんな時に。

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