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逢いたいワンコ 5

生い立ちを人に話したのは初めてだった。 惨めに思われたり可哀想だと思われたくなかったから、一度だって人に話したことはない。 どんなに仲が良い人であっても、どんなに信頼に値する人であっても、打ち明けることはなかった。 人の口に戸は立てられないのだから、必ず噂というのは広まっていくと思っていた。 ただですら姿を見かけないと不審に思った同級生の親が、俺なら口を滑らすかと思ってよく父親のことを聞いてきていたし、今から思えば小学校低学年の子供に聞くなんて卑怯だと思うが、俺はそのとき既に自分の家族の形が皆とは少しだけ違っていることに気付いていたから。 「お父さんは仕事が忙しいから、僕がまだ寝てる朝早くに仕事に行って夜遅くに帰って来るんだよ」と、笑顔で嘘をついていた。 同級生の親たちがどのように解釈するかなんてどうでもよかった。 「そうなのか」と素直に受け止めるも。 「本当は家に居ないのに上手いこと言うように躾けられた」と思うも。 「親にそう言われたことを、信じきって馬鹿な子」でも、どんな風に言われてもよかった。 とにかく本当のことを当の本人たちが言わなければ、それはただの噂でしかないから。 きっと同じようにして母さんもじいちゃんもばあちゃんも、耐えてきたのだと思う。 …──── 「俺が大きくなるにつれ帰って来る回数は減ったけど、たまにさっきみたいに悪びれるわけでもなく帰ってくるんだ」 「そう…だったんですか」 「父親は出ていったことなんて悪いとか思ってないんだよ。毎月振り込む生活費や俺の学費とか、金さえ払ってたら父親の役目を果たせてるって本気で思ってるから。だから俺がこんな風に感じてるとか思ってないだろうな……。まぁ、確かに何不自由なく生活して学校行かせて貰えてるから感謝だけどよ」 返事をしにくそうにしてる姿をみて、今更ながらこんな話をして空気を重くしたことに罪悪感がわいてくる。 「俺、ずっと先輩のこと見てたけど……気付きませんでした」 「誰にも言ってねぇし、わからないようにしてたんだから知られてたら嫌だよ」 「そう……ですか」 誰にだって光と影の部分ってのがあると思う。 俺の影がたまたま父親だったってだけだ。

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