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オトコなワンコ 1
津田の家は学校からも見えるすぐ近くのマンションだった。
お互いに無言で手を繋いだままエレベーターで5階まで上がり、津田は角部屋のドアに鍵をさす。
つか、なんなのこの空気。
ただ遊びに行くだけにしては重たい空気を感じながら津田と繋いだ手を見ていたら、ガチャッと鍵があく音が聞こえた。
そしてそこからは早急にドアが開けられたかと思えば引っ張られ、そのドアが閉められると同時にドアに押し付けられるようにして津田が俺のことを抱き締めた。
でも直ぐにハッとした顔をして体を離すから、なんだか可愛く感じて逆に俺が引き寄せるとまた嬉しそうな顔をする。
「なんか夢みたいだ」
津田が俺の首に擦り寄ってきた。
「何度も言わせんな。夢じゃないって」
「すみません」
首もとに顔を埋める津田の頭を撫でながら、しんとしていて人の気配が全く感じられない玄関の奥をぼんやり眺めていた。
「ダツんち、誰もいないの?」
「はい。両親は明日親戚の法事で今日から田舎に帰っているんです。兄も大学の近くで独り暮らしなので今日は誰もいません」
「へー……って、えぇ!?」
今、こいつはシレっと誰も居ないって言ったか?
え、えっ? 何、まじで!?
何か起こりそうな予感に人知れず軽いパニックに陥りつつも、とりあえず靴を脱いで玄関に上がった。
変に緊張してきてしまってギクシャクしながら歩く俺を、同じく靴を脱いだ津田が今度は後ろからそっと抱きしめてくる。
そして耳元で小さく呟くように、俺の鼓膜に声が響いた。
「あ、あの…先輩? 今晩……誰もいないんですけど……。と、と、泊まっていきませんか?」
息が耳に触れてびっくりして、気付かれない程度に体が軋んだ。
「へ? ……えっと……」
「む、無理にとは言いませんが…せ、せっかく先輩の気持ちが聞けたんだから、ひ、ひ、一晩中一緒にいたいです」
「ひっ、ひとばんじゅう!?」
思わず声が裏返ってしまうほど、そう言われて一瞬にしてあれこれ考えてしまった。
ここに来るまでの妙に重たい空気。親の留守。相思相愛。若い男。一晩中……。
も、も、も、もしかしてアレか?
俺は今日…───体験してしまう運びなのか!?
いや、ちょっと待て。こういうとき俺は男役なのか女役なのか?
男同士って、ケツ使うんだろ? 上なのか下なのかはとても重要な問題じゃないか。
男同士の経験はないけど、その他の経験値的には絶対に俺の方が高いだろうし、そう考えると俺が上の方がスムーズだろうけど……。
とりあえず俺が男役の場合このデカイ(180cm)津田が下になっているところを想像してみた。
『あっ、せんぱい……あぁっ、あん……』
うーん。……無いな。
いやいや待て、じゃあ俺がアンアン言っちゃう方?
確かに津田より背は低い(172cm)し、女顔だけども……やっぱり男だしそれはちょっと屈辱的。
つか、痛くねーのかな。
「……先輩?」
色々と考えていたら、津田が真剣な顔をして俺の顔を覗き込んできた。
いきなり視界に現れたその顔は。
前に見た真剣な男らしい顔と同じで。
少しかっこいいかもとか思ってしまって。
「ダメ、ですか?」
そんな顔で言われたら、断れなくなるだろ。
「……ダメじゃない、です」
つか、なんで俺まで敬語になってんだよ。
えぇい! 腹をくくれ俺!!
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