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第8話
部長と共に出社すると、周りがざわざわとし始めた。
どうやら、あの完璧な部長が昨日と同じスーツで出社していることが、気になるらしい。
俺はそんなことよりも、いちいち人が着てたスーツを覚えていられることに驚く。
まぁ、俺が同じスーツを着てても気付かないだろう。
部長ほど目立つ人だと、ファッションも厳しくチェックされてしまうんだな、憐れ…
「誰が憐れだ、前沢」
「ひっ!?え、聞こえてました?」
「ああ。それに、俺はちゃんとお前の身だしなみは確認しているからな……、部長として」
『部長として』の前に妙な間があったのは、どういうことなんだろう?
威圧感を与えるためか!?
「ど、どうぞ、お手柔らかに…」
「営業部なんだから、そこは手を抜けない」
「い、以後気をつけまーす」
朝とは打って変わって、仕事モードの部長の睨みから逃げるべく席に着く。
「おい、前沢」
「なんだよ、鹿野」
同僚の鹿野が声をかけてくる。
どんどんと脱落していく同期たちの中でも、鹿野は俺と一緒にここまで残っている戦友だ。
入社してまだ2年とはいえ、辞めて行く奴は辞めて行く。
営業なんて特に。
俺より後に入ったのに、先に辞めて行く奴もいるし…
「部長、ついに彼女かな?」
「は?」
「いやさ、30歳だけどさ、特に浮いた話、聞いたこと無かったじゃん!」
「はぁ…。部長に彼女が出来たとして、俺たちに何の影響もないだろ。男だし」
「いやいや、彼女が出来たら、きっとあの厳しさが抜け落ちて、もっと早く帰宅したがるに違いない。そうなれば、俺らは怒られることも減り、早く退社できる」
「…、そんなうまくいくわけねーだろ、頭でも打ったか?」
「なんだよ、真面目な話してるってのに」
「そんなシナリオ考える暇あったら…」
「喋ってる暇があるなら早く報告書を出せ、鹿野!」
俺が言うのに被せて、部長から檄が飛ぶ。
「す、すいません!」
「ほら、言わんこっちゃない…」
「前沢も客先に持っていく資料できたのか?明日から配布する予定だぞ?」
「す、すぐに取り掛かります!」
あせあせと、2年目コンビは仕事に取り掛かる。
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