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第2話
天は人の上に人を造らず。
偉人の格言であるが、それは、生まれた時は皆平等であるという意味であり、終始平等という意味ではないという。しかし、生まれた時からすでに、人は平等ではない。男女という性別のほか、さらに三つの区分に分けられる。大半の人々が属する「ベータ」と、英雄、選ばれた人と称される「アルファ」、そして「オメガ」である。
オメガには一定の周期があり、この期間中は男の性を有する者であっても、子を孕むことができる。ただ、この性質が故に農家などでは使い物にならないと判断され、ついの子部屋に押し込められることが多かった。ついの子部屋は、オメガを集め、アルファへ宛がうことを目的としている。気に入れば、金でオメガを買い上げることも可能である。
最近では、遊郭の取り締まりも厳しくなり、本来の意味は鳴りを潜め、芸を売る場所としての意味合いが強くなっている。
薫もついの子部屋にいた時は、琴、三味線、尺八などを自在に奏でる名手として人気を集めていた。それを凌太郎が身請けし、屋敷に連れて来た。
清二郎は兄とは違い、ベータであった。幼少期より、周囲から兄との明らかな格差を感じつつも、それを悔しいと思ったことはなかった。己がアルファであればと妬んだこともなかった。それどころか、兄のアルファという第二の性を憐れんですらいた。
そのきっかけは、凌太郎が十五、清二郎が十二の頃のことだった。習い事の帰り道の途中で、ふと兄の体が動かなくなった。清二郎は兄の腕をつかんだが、反応がない。一瞬にして兄の眼は血走り、帰り道とは全く違う方向へ走り出した。健脚の兄に追いつけるはずもなく、走っていった方角を頼りに、跡を追いかけた。そこには、使われなくなった月経小屋があった。戸が壊され、中からは獣のような声が聞こえてくる。
清二郎は、恐ろしさを感じつつも、中を覗き込んだ。そこにいたのは、兄の姿をした獣であった。当時は理解ができなかったが、今にして思えば、周期を迎えた男のオメガの香りに中てられ、兄はその欲望をぶちまけてしまったのだろう。
さらに同意も得ないまま、オメガの首に噛みつき、一方的に番の契約まで結んでしまった。少年だった清二郎の記憶には、オメガの項に噛みついた兄と、立ち込める欲望の臭いとわずかに鼻孔をくすぐった甘い香りがこびりついている。
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