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第4話
薫が屋敷に招かれたのは、凌太郎が前のオメガを追い出してから半年程たった頃だろうか。 ついの子部屋で人気の芸者をしていたという前評判だけを聞いていた清二郎は、あまり期待していなかった。
これまでのオメガと同様に、凌太郎しか眼中になく、自分のことを虫けらのように扱うのだろうと決めつけていた。アルファ性に選ばれた自分は、ベータ性のお前たちより優れている。そんな意思が透けて見えた。幼少期、ベータ性に虐げられた反動なのだろうかと思うと、腹立たしさよりも憐憫を感じ、清二郎は何も語らず言うことを聞いていた。
また高慢ちきの相手をしなければならないのかと憂鬱な思いで、しばらく訪れていなかった凌太郎の私邸へ向かったのを覚えている。
清二郎が出迎えてみると、凌太郎に寄り添いながらも、こちらに笑顔を向けるオメガがそこにいた。みどりの黒髪、白い肌、赤い唇、切れ長の瞳と形の良い眉に朱を刷き、清廉でありながら、艶やかさを感じさせる美貌。出で立ちは、芸者姿そのものである。細い首筋に主張する喉仏がなければ、女性と認識してしまうだろう。
あまりの美しさに思わずため息が出た。面一つでのし上がった男なのだから、息を呑むような美しさなのは当たり前だと清二郎はすぐに我に返ったが、小さな唇が上品に弧を描く様は、実に魅力的だった。
「弟の清二郎だ。前にも話したが、俺が来られない時はこいつがお前の面倒を見る。何でも言うといい」
「まあ、あなたさまが清二郎様。わたくし、薫と申します。不束者ですが、以後よろしくお願いします」
ほんの少しこちらに笑いかけただけだというのに、まるでそこに花が咲いたような可憐さを感じた。今まで向けられたことのない優しい視線に、清二郎は内心戸惑ったものの、平静を装い、答えた。
「清二郎です。私相手にかしこまらないで下さい。ここにいる間、私はあなたのお世話をするのが仕事ですから」
きっと、最初だけだ。弟の機嫌を取って、手懐けようとしているだけなのだ。そう言い聞かせようとした清二郎に対し、薫はさらに慈しみを向ける。
「いいえ、凌太郎様の弟君であれば、わたくしが敬意を払うのが当然です。落ち着いたら、一度ゆっくりお話しを聞かせてください」
「清二郎、俺がいない間、薫を退屈させるなよ」
凌太郎は薫の肩を抱き、奥の部屋へ入っていった。すれ違いざまに感じる品のある甘い香り。オメガの香りが不快でなかったのは、この時が初めてだった。
アルファに言わせると、オメガの体臭はどんな香(こう)より芳しいという。しかし、その体臭はベータ性にとってはまちまちで、アルファ程情欲を掻き立てられることはないが、「良い香りがする」と意識する者もいれば、熟れすぎた果実の臭いと不快に感じる者もいた。清二郎は、後者であった。
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