6 / 9

第6話

◇◇ 「俺さ、今度結婚するんだ」 僕は兄さんから初めてその台詞を聞かされた時、さほど驚きはしなかった。 代わりに、胸にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような喪失感を覚えた。 「相手は、優子さん?」 「…ああ」 頭の中に、花のように可愛らしい女性の姿が浮かぶ。 ちくん、と胸が痛んだ。初めて彼女を見た時と、それは同じ痛みだった。 僕は感情が滲み出ないように細心の注意を払いながら、微笑んだ。 「おめでとう、…兄さん」 兄さんは僕の言葉に、少し安心したように顔を緩めた。 「ありがとう。…って、照れくさいな、なんか」 兄さんは頭を掻きながら、不意に優しい目になって、僕を見つめた。 「だから、この関係は今日で終わり。互いの為にも」 始まりがあれば、必ず終わりがある。 それは、この関係も例外ではない。大丈夫、そう分かっている。 「…兄さん」 僕は兄さんの頰に手を伝わせ、その唇に噛み付いた。 小さくくぐもった声を上げる兄さんが愛おしくて、そのままベッドに押し倒す。 戸惑うようにこちらを見上げる兄さんと、目が合った。その瞳が、僅かに揺れる。 「最後にもう一度だけ、僕を兄さんのものにして」 「…一青」 「思い切り、激しくしてね。僕が、兄さんを忘れられるように」 ーーホシイ。 ずきん、と頭が痛んだ。 心臓が鷲掴みされているみたいに痛んで、主張を始める。 ーーニイサンガ、ホシイ。 煩い、うるさい。 聞きたくないのに、僕のもう一つの心は、駄々をこねる子供みたいに泣き喚く。 ーーボクハ、ニイサンガ、ホシイ。 闇の中から伸びてきた手が、僕の手首を掴んで、有無を言わせぬ強い力で、引き摺り込んでいく。 いけない。そう思うけれど、その力があまりに強くて逆らえない。 ーーイッセイ。 闇の中の人物が、僕の名を呼んだ。 見たくない、反射的にそう思ったけれど、意志に反して僕の身体は声の方向へと顔を向ける。 そこにいたのは、幼い頃の自分だった。 彼は無邪気な笑みを浮かべて、僕の手を引き、闇へと堕ちていくーー。

ともだちにシェアしよう!