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第5話
◇◇
それから僕は、兄さんと何度も体を重ねるようになった。
母さんが居ないときを見計らっては、僕は素知らぬ顔で兄さんの部屋を訪れ、兄さんは僕をベッドに押し倒した。
世の中にはセフレという言葉があるけれど、この関係もそれに近いようなものだと思っていた。僕達の間で行われるものは、およそ恋人同士が行うようなものではなく、ただの欲望を満たすだけのものだったから。
僕達が社会人になっても、その関係はずるずると続いていった。
いや、止め時が分からなかったと言ってもいい。
僕達は互いが暇な時間を見繕っては、学生時代と変わらぬくらい、頻繁に会った。
その間も、兄さんの隣にはずっと優子さんがいた。
僕は兄さんの二番手だと分かっていたけれど、別にそれで満足していたし、それ以上は望んでいなかった。けれど、本心は違ったのかもしれない。
いつからだろうか、会って体を重ねる度に、心が音を立てて軋むようになった。
兄の笑顔を見る度、垣間見える優しさに触れる度、軋みは段々と大きくなっていく。
けれども僕は、見て見ぬ振りをした。向き合ってしまったら、心のたがが外れてしまうような気がして、怖かった。
「…ねえ、兄さん。神様は、残酷だよね。僕達、兄弟じゃなかったら良かったのに」
行為の後、気を抜いたからか、僕はふとそんなことを漏らしてしまった。
言った後に、慌てて唇を抑えたけれど、遅かった。
兄さんは僕を見て、一度瞬きをして、考え込むように目を伏せた。
「…そうだなあ。時々、神様なんていないんじゃないかと思うよ」
言葉が返ってきたことに戸惑いつつも、兄さんが僕の言葉に賛同してくれたことに、素直に喜びを覚えた。
兄さんはくすりと笑って、僕の頭にぽんと手を置いた。そのままわしゃわしゃと髪を撫でる。
「それでも俺は、一青の兄になれて良かったと思ってる。お前にとっての兄は、世界中で俺一人しかいないからな」
とくん、と心臓が揺れた。
抑えていた胸の奥のものが、僅かに出来た隙間からとろりと流れ出していくのを感じた。
兄さんは僕の左手を掬い上げると、薬指にそっとキスを落とす。
「…俺の心はずっと、お前の、お前だけのものだよ。きっと何が起きても、永遠に変わらない」
「僕の、もの…」
キィン、と頭痛が走った。
ーー駄目よ。欲張ってはいけないの。
ーーイヤダ。ホシイ、ホシイ。
幼い頃に貰った母からの言葉と、自分の奥に潜んでいた欲望とが、激しくぶつかり合う。
ーー駄目よ。欲張ってはいけないの。
ーーボクハ、ニイサンガ、ホシイ。
耐えがたい痛みに、僕は頭を抱えて蹲った。
脳内では尚も、終わりの見えない闘いが続いている。
「…一青、おいで」
兄さんが、僕を抱き寄せた。
僕はその胸に顔を埋めて、煩い声達から逃げるように、その身体を抱き締めた。
「兄さん、にいさん…」
目を閉じれば、底の見えない闇に呑み込まれていく。
闇の中から、小さな手と大きな手が突き出して、僕を手招きしている。
僕はその闇へ堕ちないように、必死に兄さんの身体を掻き抱いていた。
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