4 / 9

第4話

◇◇ 最悪のタイミングで帰ってきてしまった、とその光景を見て僕は思った。 兄さんに肩を抱かれていたその女性は、僕を見るなり慌てて身体を離し、気まずそうに視線を彷徨わせる。 「あー、…紹介するわ。彼女の、優子」 一応弟には紹介しておかなければいけないと思ったのか、兄さんはそう言って彼女にちらりと目をやった。 彼女もまた兄さんをちらりと見上げると、僕へと視線を移し、にこりと微笑んでみせる。 「清二君の恋人の、河井優子です。…えっと、一青君、だよね?清二君から色々と話は聞いてるよ」 「…兄さんから?」 僕が兄さんに視線を投げると、兄さんはわざとらしく視線を逸らし、隣の彼女の肩をこづいた。 どうやら、僕には言って欲しくないことだったようだ。 優子さんは茶目っ気たっぷりに舌を見せ、ごめんね、と両手を合わせた。 「…ったく、いつも余計なことばかり言うんだよな、お前」 「もー、怒らないでよ。弟想いのいいお兄ちゃんだってこと、伝えたかっただけじゃない」 優子さんは僕の方へ向き直ると、目を細めて、人懐っこそうな笑顔を浮かべた。 「ごめんね、一青君。清二、少しご機嫌斜めみたいだから、今度ゆっくり話そう」 「誰のせいだと」 「ふふ。またね、一青君」 彼女はそれだけ言うと、尚も少し機嫌の悪そうな兄さんをほって、まるで春風のように去っていってしまった。 後に残された僕達は、何となく気まずい雰囲気の中、どちらからともなく顔を見合わせた。 「…あー、その。勘違いすんなよ」 「…何が?」 「だから、さっきの…お前のこと優子に話したってやつ」 「別に、…してないけど」 言いながら、僕は妙な胸の痛みを覚えた。 内から針で刺されるような、体験したことのないような、胸の奥の痛みだった。 「なら、いいけどさ」 痛みは、段々とその強さを増していった。 少し痛みを感じる程度から、遂にはナイフで抉られているような、激しい断続的な痛みへと変貌した。 耐えられなくて、思わず胸を抑えてしゃがみ込む。 僕の異変に気が付いたのだろう。兄さんが駆け寄ってきて、そっと僕の肩を抱き寄せる。 「一青、どうした?」 「兄さん…」 兄さんの顔を見た途端、痛みがぐっと強くなるのが分かった。同時に、この痛みの正体を知ってしまった。 僕は兄さんの手を解き、ふらふらと立ち上がった。 「おい、一青って」 「…大丈夫だから、ほっておいて」 「いや、大丈夫じゃねえだろ、それ」 「っ大丈夫だって!」 言ってから、やってしまったと思った。 兄さんは、僕に払われた手を見つめ、固まっている。 「ご、ごめん、兄さん…」 どうしよう。嫌われてしまっただろうか。 僕は急に感じたことのない恐怖に駆られ、恐ろしくなって兄さんに手を伸ばした。 「兄さ…」 伸ばした手は、兄の手によって絡め取られる。 そのまま乱暴に壁へ押し付けられ、驚く間も無く、薄く開いた僕の唇へ、兄のものが押し当てられた。 「んっ、にい、さ…」 キス自体が初めてだった僕は、舌を交えたその大人なキスに、たちまちに骨抜きにされてしまった。 その場に崩れ落ち、使い物にならなくなってしまった僕を、兄さんは所謂お姫様抱っこの体制で抱え上げた。 「……俺の部屋、行っていい?」 兄さんは僕を運びながら、耳元で低く囁く。 それはまるで、聞かなくても答えなんてわかっているような口ぶりだった。 兄さんの言いなりになるのは少し悔しかったけれど、僕は欲望に従って、頷いた。 ーーその日、僕は初めて実の兄と身体を重ねた。

ともだちにシェアしよう!