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第1話
その二日前……。
同じ王宮内の騎士団では、新しく見習いとして採用された3人の若者たちが、団長であるバーナバス・レブルから、仮の任命書を受け取っていた。
「エリス・ニエマイア」
「はい!」
進み出たのは、一番年の若い金髪の青年だ。年は16歳だが、3人の中で最も体が大きい。
将来が期待できそうだと、バーナバスは「精進するように」と言いながら、任命書を手渡す。
「ありがとうございます!」
少年は瞳を輝かせながら任命書を受け取った。
「リチャード・ブレスコット」
「はい!」
二番目に前に進み出たのはバーナバスのよく知る人物だ。
24歳で騎士見習いになるのは珍しいが、理由がある。
ドナン王国の宰相オーガスト・ロンソンの三男で、バーナバスは赤子の頃からよく知っている青年だ。
たしか貴族の世界は性に合わないと、15歳になると家を出て冒険者になっていたはずだが、騎士団を受けたところを見ると考えを改めたらしい。
ブレスコットを名乗っているということは、母方の方の血筋のブレスコット子爵を継いだようだ。
リチャードは任命書を手渡すと、首を少し傾げてニヤリと微笑んだ。
・・・どうやら本質は変わってない。
やんちゃなままの性格のようだ。
バーナバスが「特別扱いはしないぞ」と告げると、リチャードは「望むところです」と、自信満々に返答する。
黒髪に碧眼。
そして……優れた容貌を持つ王侯貴族でも、これほど美貌の人物はいない。
そう考えたところで、バーナバスは次の瞬間にはその考えを否定した。
そういや、我が甥っ子が、いる。
こういうとき、うっかり身内は忘れてしまうものだが、ジェフリーは身内の欲目を差し引いても美しさでは群を抜いている。
魔法宮のトップに上り詰めたバーナバスの甥っ子は、オメガでなければこの騎士団に入団していただろう。
本人もそう望んでいたし、剣神と呼ばれた曾祖父ハワードの血を引くドナン王国きっての武門一家レブル家の皆もそう考えていたのだ。
最もそれは、ジェフリーにオメガ特有の魔力が備わっていることが分かるまでの話だが。
「ジェフ・アドル」
「はい!」
3人の中では最も小柄のその青年は、勢いよく前に踏み出した。
その姿を見た時、バーナバスは何かを感じた。
その不思議な感覚に戸惑いを覚えたバーナバスは、押し黙って、ジェフの顔を食い入るように見つめた。
「っ……! な、なにか?」
これ以上ないというほど、平凡な顔立ち。
鼻は低すぎず高すぎず、目も大きすぎず小さすぎず、口も同様、目立つ特徴が、まるでない。
なのに、なぜか気になった。
22歳。
ブラウンの髪にややウェーブが入っていて、目の色は琥珀。
ドナン王国では最も多い取り合わせだ。
西方の田舎町ナームの出身、ベータの若者。
書類もきちんとしていたし、戸籍にも問題ない。
そもそも身元不明な者をドナン王国の騎士団に入れる訳には行かない。
「何でもない。・・・励め」
「ありがとうございます」
バーナバスはその不思議な違和感を、無理矢理に心のうちに押し込め、そしてそのまま忘れた。
そして……ジェフが立っていたその場所に、季節はずれの一輪の花が落ちていることに気付けなかった。
気付いていたら、間違いなくばれていただろうに。
平凡を絵にかいたような青年、ジェフ・アドルこそ、バーナバスの兄の子供ジェフリー・レブルその人だと。
……ふぅ! 危なかった!
それにしても、叔父上鋭すぎる。
目くらましの魔法をかけているのに、顔を食い入るように見つめられてしまった。
それほど真正面から顔を見つめられる経験がないジェフにとって、ある意味貴重な体験だった。
14歳の時オメガということが分かり、魔法宮に引き取られて以来、ジェフは半分あきらめた生活を送っていた。
しかし、魔法宮で勤勉に真面目に働いていたジェフリーは、二つの困ったことに、悩まされていた。
まず第一が、真面目に働き過ぎたせいでうっかり魔法宮長官になってしまったのだ。
そして第二が、長官になった副作用で、王族、特に王位継承権を争う三人の王子から、嫌がらせかと思われるほど執拗なアプローチを受けるようになったことだ。
14歳から隔離された生活を送ってきたため、ジェフリーは世間知らずだった。
長官を務めるほどのオメガから王妃が選ばれるという、ドナン王国の者ならだれでも知っている事実を、ジェフリーは知らなかった。
そんなこと知ってたら、承諾しなかったのに……。
ジェフリーが後悔しても時はすでに遅く、王子たちからのプロポーズも間近に迫ると噂されていた2か月前のこと。
珍しく、叔父のバーナバスに相談しようと、騎士団を訪ねた帰りのこと。
バーナバスは残念ながら不在だったが、叔父の副官が言った一言に、ジェフリーは衝撃を受けた。
「新しい騎士見習いの募集が明日なので、団長はその準備で郊外の訓練場にいらっしゃております」
「新しい、騎士見習い?」
「はい。
300人ほど、ですかね?
ここの練習場では入りきれないので、演習に使う郊外の練習場が会場になっているのです」
副官は、申込用紙らしい紙の束を見せた。
そしてその次の瞬間、ジェフリーに、奇跡が起きた。
副官が持ち上げた書類の一枚が、ジェフリーの足元に舞って落ちてきたのだ。
ジェフリーはかがんでその書類を手に取った。
「も、申し訳ありません!」
魔法宮のトップであるジェフリーに書類を拾わせた副官は顔を青ざめていて、気付かなかった。
落ちた応募用紙は一枚。
しかしジェフリーから手渡された書類は、一枚増えた二枚だった。
そして一番手前の申込用紙には、ジェフ・アドルの名前が記されていた。
「気にしないで?」
ジェフリーは満面の笑みを浮かべた。
その笑みを目の前で目撃した副官は……ジェフリーの崇拝者という名の被害者が、また一人増えたというわけだった。
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