13 / 21
第11話
遠い昔、英雄がいた。
剣士という噂もあるし、魔術師という噂もある。
未開拓の森を拓き、そして強力な結界を施し、人の住む領域と、魔物の領域を分けた。
東西に役300キロもある巨大な境界線である。
その境界線はエルファンガの境界線と呼ばれ、現在騎士団、第七部隊が担当している領域である。
ジェフリーら騎士団見習い、ひよっこたちは、半日かけて王都から昇格試験の行われるエルファンガの境界線にあるレンバー平原に到着した。
そしてその隊長クレメンス・ウェイレットは、昇格試験に先立って、簡単な説明をしていた。
「当たり前のことだが、試験が終わるまで結界から出てはならない。
Fランクの魔物なら10体以上、Eランクの魔物なら5体、Dランクなら2体、Cランク以上の魔物なら1体の討伐が、合格条件となる。
制限時間は8時間だ。
試験官は警備も兼ねているから、Bランク以上の魔物が現れた時は、無理をせず、必ず試験官に報せるように」
ジェフリーはクレメンスの説明が終わり開始の合図を待つ間、もう間もなく始まる初の魔物討伐にかつてないほど緊張していた。
う……やばい!
手が震える!
魔法宮にいた時は、魔物が発生する前の段階までが仕事だから、直接魔物と対峙することはなかった。
討伐された魔物を使って魔法具を作成したりはしてたけど、動く魔物見たことないんだよね?
ジェフリーの緊張が分かったのか、同期のエリスが「ジェフ、大丈夫?」と、話しかけてきた。
今回エリスは昇格試験に参加しないが、見学のために同行している。
まだ昇格試験に足る実力なしと判定されたからだった。
もっともそれはエリスが悪いのではない。
だいたいは最初の一年は訓練のみで終わる。
ジェフリーやリチャードの様に、最初の昇格試験から受けられる人物は少ないのだ。
「あ、う。
だだだだ、大丈夫じゃ……ないかも?」
心臓はバクバクしてるし、冷汗は出るし……。
魔法宮の資格試験はこんなに緊張しなかったのにな。
ジェフリーは自分の持つ、浄化師、治療師、祭司などの試験のことを思いうかべた。
リチャードは、緊張しないのかな?
ジェフリーはリチャードの様子を窺った。
リチャードは冒険者をしていたし、しかもランクはAランクだから、魔物の討伐の経験は豊富なはずだ。
楽勝とか、思ってたりして……。
リチャードは真剣な表情をしているが……何というか、様子が変だ。
簡単にいうと、覇気がない。
今もため息を付いている。
試験が心配で、ナーバスになってるのかな?
リチャードみたいなハイランカーでもそうなるのか……。
ジェフリーは少し緊張が緩むのを感じた。
Aランクの冒険者でも緊張するんだから、剣士になりたての僕が緊張しても可笑しくないよな?
ジェフリーは、リチャードの胸当てにガツンとこぶしを打ち付けた。
「痛っ!
ジェフ、なにすんだ!」
「……勝負だ!
リチャード」
「は?」
「は、じゃないよ。
どっちが先に合格するか、勝負だ!」
「え?
冗談だろ?」
「……絶対勝ってやる!
勝った方が王都のフィゾールで夕食、おごり、な?」
元王宮料理長が開店した、王都で最も有名な高級料理店の名前を、ジェフリーは口にした。
もともと、騎士になれたら自分へのご褒美としていこうと思っていた店だ。
「はあ?
本気か?
あそこは最低でも、ディナー1食10金貨はするんだぞ?」
「ああ?
リチャード、もしかして……自信ない?」
ジェフリーは挑発的に微笑んだ。
「……そんなわけ、ないだろ」
リチャードは思わずそう言い返していた。
Aランク冒険者の意地がある……簡単に負けられるかという意地が。
「じゃあ決まりだな?」
ジェフリーは開始のベルが鳴らされると同時に、走り出した。
精霊たちは結界内に入れてしまうと感知されてしまうので、試験が終わるまで結界の外で待っているように頼んであった。
要するに、ジェフリーにとっては剣士として初めての真剣勝負なのだ。
緊張していたことはすっかり忘れ、ただ剣士として働ける喜びに、ジェフリーは胸を高鳴らせていた。
「くっそ、負けた!!」
討伐した魔物を提出しながら、隣で検品を受けるリチャードの獲物を確認した。
ふふん、とリチャードは誇らしげに鼻を鳴らした。
ほぼ二時間で合格条件を達成した二人だが、タッチの差でリチャードの方が早かった。
しかも内容が、リチャードはBランクの魔物を1体討伐しているのに対し、ジェフリーはDランクの魔物が2体だ。
内容でも負けてしまったジェフリーはあっさりと負けを認めた、という訳なのだ。
リチャードはそんなジェフリーの様子に苦笑していた。
正直、試験が始まるまでは気分が落ち込んでしまい、最悪な状態だったのだ。
噂でも、ジェフリー・レブルが結婚するなどということは聞きたくなかった。
それも、信ぴょう性が高いだけに、リチャードの気持ちは荒れた。
最初から手に入らない人だと分かっていて、それでも思い切ることが出来ない人。
そんなリチャードに活かつを入れたのはジェフだった。
「……勝負だ! リチャード」
「どっちが先に合格するか、勝負だ!」
「……絶対勝ってやる!」
「リチャード、もしかして……自信ない?」
「じゃあ決まりだな?」
表情をコロコロ変えながらリチャードに話かけてきた、ジェフ。
リチャードは自分でも気づかぬうちに、気分が高揚していた。
そして魔物の討伐を終え、スタート地点へと戻る道すがら、リチャードは気付いた。
リチャードはジェフリー・レブルが好きだ。
愛しているといってもいい。
しかし、ジェフ・アドルにも、好意がある。
それはまだ小さく火種の様に小さく燃えてるだけだが……少なくとも抱きたくなるくらいには……。
思考の海に深く沈んでいたリチャードは、自分の思考に慄おののいた。
抱きたくなると考えた瞬間に浮かんだのは、匂いに引き寄せられ、思わず寝台の中で組み敷いてしまった時のジェフだ。
白い素肌を赤く上気させ、リチャードの愛撫に敏感に応えていたジェフ。
口付けた甘く官能的な唇もリチャードを悩ませる。
ジェフリー様という愛しい人がいるのに、俺はいつからこんな節操なしになったんだ?
ジェフへの気持ちを自覚したことで、試験の結果報告の最中に見せるジェフの表情に魅せられてしまう。
「ああ、くそっ、あんな賭けしなきゃよかった!
仕方ない。
王都帰ったら、フィゾール予約しとく。
リチャード、いつがいい?」
上目遣いにのジェフの視線に、リチャードは思わず息を飲んだ。
ジェフの顔を綺麗という人はいないだろう。
非常に平均的で平凡な顔立ちだ。
だけど表情が豊かで、可愛いし、愛らしい。
「……夜は別にいつでも……。
ジェフの都合のいい日で構わない……」
いつまでもそんな可愛い表情で見つめるのはやめてくれ、と、リチャードは努めて無表情に返答した。
「……え?
俺も?」
キョトンと、ジェフリーは尋ねた。
しばしの沈黙し見つめ合い……動揺するリチャードが返答できないでいると、討伐に不正がなかったかチェックする試験官が「なんだ……デートの約束か」などと呟いてしまったため、二人は羞恥で口がきけないまま、ぎくしゃくとした動きでその場を離れた。
デート……リチャードと?
ジェフリーにとっては、デートすること自体が憧れのひとつだった。
魔法宮の部下たちが恋人とデートしている話を聞いて、ジェフリーは羨ましく思っていたのだ。
そりゃあリチャードは恋人じゃないけど、楽しくてかっこいい人だ。
きっと、羨望の目で見られることだろう。
やばい。
嬉しい……。
金貨20枚が飛んでいくというのに、それでもにやけてしまう。
ベータを標榜する自分が、アルファとのデートを楽しみにするという矛盾に全然気が付かないジェフリーだった。
ディーク地区に派遣された浄化師アルネル・ゴーラは、濃い魔気の塊に、驚いて目を眇すがめた。
これは、かなりヒドイ。
2~3年は放置されていないと、これほど魔気が濃くなるはずがない。
何かのミスで、放置されていたのだろう。
アルネルは早速に浄化を始めるべく準備を始めた。
その作業はまず、結界から始めなければならない。
なぜなら浄化中の浄化師は浄化中一種のトランス状態になってしまう。
その無防備な状態で魔物に襲われてしまう浄化師は多いのだ。
それを防ぐために結界をはり、浄化中の体を守るのだ。
しかしその日のアルネルは、急いでいたあまり、ミスをした。
結界を施し忘れていたのだ。
実際には、掛けたつもりだった、ということだろう。
アルネルは浄化を始めた。
そのすぐ後ろに、魔物が迫っていることに気付かずに。
ともだちにシェアしよう!