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第12話

 王都に戻ったジェフリーは、早速賭けの負けを支払うことにした。  約束した王宮レストラン「フィゾール」に確認すると、今夜の予約がちょうど一件キャンセルになったという。  後は3か月待ちだったので、とても運が良かった。  二人は「フィゾール」のドレスコードに合わせて正装してレストランへと向かった。  正装とはつまり、騎士団の黒い礼服である。  目くらましをしているジェフリーはともかく、リチャードの端麗な容姿はその礼服に良く映はえていた。  案の定、レストランの入り口をくぐった途端にリチャードは衆目を集めた。  うわ……やっぱりリチャードは、誰が見てもカッコイイんだ!  ジェフリーは思わずニンマリと微笑む。  いつものカジュアルな服装もいいのだが、礼装に身を包むリチャードはいつもの2割増しにカッコイイ。  妙齢の女性のなかには明らかな秋波を送る人物もいる。  改めてジェフリーは感じた。  リチャードは魅力的で、とてもモテる男性だ、ということを。  それからはじまった二人だけのディナーは最高だった。  料理はすべて美味しかったし、リチャードと打ち解けた話もできた。  さすがは高級料理店だと、ジェフリーは魔法の様に現れる料理の一つ一つに舌鼓を打った。  リチャードも今日はリラックスした雰囲気で、料理を楽しんでくれている。  ワインのグラスを傾ける様子が洗練されていて、ジェフリーは瞬きをしてその様子に見惚みとれた。   年上なのは自分なのに、リチャードは若い時から冒険者としていろいろな経験を積んできたからだろうか、実年齢よりもずっと、ジェフリーよりもずっと大人びた雰囲気がある。  そんなことを考えながらリチャードを見ていたら、リチャードはジェフリーの背後を見て、驚きの表情を浮かべた。 「リチャード!  お久しぶり!」  リチャードに話しかけてきたのは、美しい女性だった。 「アンジェ・シェファード?  ………びっくりした。  美人になったな?」  リチャードは今まで見せたことのない飛び切りの笑顔をアンジェに向けていて、ジェフリーは驚いて瞬きをした。  アンジェ・シェファードというと、侯爵家の娘だった気がする。  貴族の端くれとはいえ魔法宮に隔離されているに等しいオメガたちには、王宮の社交場はなじみがない。 「お邪魔じゃなかったら、ご一緒していいかしら?  お父様と一緒だから、退屈で」  アンジェが首を傾けた方向を見ると、シャファード侯爵夫妻らしい壮年の男性と女性がテーブルに着いていて、その横にはジェフリーが良く知る人物、カッフィール公爵の一人息子メイガンが座っている。  実はジェフリーは、メイガンに言い寄られていた時期がある。  彼は相当な自信家で野心家だ。  資産家のシェファード侯爵との姻戚関係を企んでいても、おかしくない。  つまり……今日は、メイガンとアンジェの顔合わせなのだろう。  ジェフリーがどう答えたものかを困惑しているうちに、アンジェはジェフリーの了承も得ずにリチャードの隣の空いている席へと座り込んだ。  リチャードはそれを見て、済まなさそうに目で謝ってくる。  俺は、一言も座っていいなんて、言ってない!!!  ジェフリーは切り分けたステーキにフォークをぐさりと突き刺し、口の中に放り込んだ。  リチャードだって、リチャードだ。  いくら美人だからと言って、ガツンと言えないなんて!!  情けない!!!  ジェフリーの存在を無視するかのように話を続けるアンジェに、言いしれようのない怒りを感じた。  だがふと、次の瞬間気付いてしまった。  リチャードがアンジェに向ける視線に、優しく温かいものが含まれていることに。 「……お似合いの2人ね?」  隣の老夫婦が、リチャードとアンジェを見つめて話していた。  確かに、礼服を着ていて凛々しいリチャードと、瑞々しい美しさを持ったアンジェ。  …………お邪魔虫は、僕、の方だ。  そう思った途端、食事が急に喉を通らなくなった。  それでもなんとか皿の物を無理矢理平らげると、ジェフリーはナプキンで口を拭い、ゆっくりと席を立った。 「ジェフ?」 「あ……、向こうに知り合いがいたんだ。  挨拶してくるから、少し席を外すよ?」 「分かった」 「リチャードのおもりは任せて?」  意味ありげにアンジェは微笑んだ。  ジェフリーはそんなアンジェに、力なく笑みを返していた。  ジェフリーが食事の会計とリチャードへの伝言を支配人に頼み、フィゾールの外に出ると、少し雨がちらついている。  予定よりだいぶ早くレストランを出た。  試験明けということもあり、明日から二日間は初めての休みだ。  試験には合格したものの、どの部署になるかは分からないから、任命場所が決まるまでの二日間、実質上の休みとなっていたのだ。  ジェフリーは目的があって、この先に宿を取っている。  念のために二泊。  一つは髪を切るためだ。  ジェフリーの髪は、珍しい銀髪、しかもオメガ独特の長髪だ。  目くらましで短髪に見せかけているジェフリーは、リチャードの目がある寮では髪を切ることが出来ずにこの数か月で腰に届くほど伸びてしまっている。  そしてもう一つ。  魔法で無理矢理押さえていた、発情期の解放。  二日しかないが、その二日間に濃縮させて発生させる。  今まで止めていた分と、1週間続く発情期を二日間という短い時間に圧縮するのだ。  おそらく今まで感じたことのない激しさで発情期を迎えることになる。  ジェフリーは目くらましの魔法を維持するための魔道具の指輪と、発情期をコントロールする魔道具の指輪を無意識に指で触れた。  騎士になるには不要なもの。  美しすぎる容姿に、オメガの体。  なのに、雨に紛れて頬を伝わる涙は、オメガゆえの涙だ。  ただ、騎士になりたかっただけだ。  だけどありのままの自分では騎士になれないことが、ジェフリーには悲しい。  なんで僕は、オメガなんかに生まれたんだろう。  ジェフリーに求婚してきたアルファたちは皆、ジェフリーの容姿を褒める。  そしてみんな口をそろえて、貴方がオメガでよかったと、ジェフリーにそう言った。 「……こんな体、いらない……」  ジェフリーの小さなつぶやきは、次第に勢いを増した雨音に掻き消された。

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