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第5話

 武内は教師歴八年で数学科の主任だ。趣味はジムで躰を鍛えること、とのことで、肩幅が広くてたくましい。  大学時代にミスターF大の栄冠に輝いたという甘いマスクの持ち主で、 「先生が芸能界入りしなかったのは、今でもひな高の七不思議のひとつですか」  そんな問いかけに、武内は満更でもなさげに肩をすくめた。  気障な仕種も未だにサマになる、と三枝は思った。生徒からプライベートに関する質問を投げかけられると、武内はお得意のポーズではぐらかすのが常だった。  七年の時を経て、武内には成熟した男の色香が加わった。  ところで高校時代の三枝は、数学が大の苦手だった。ゆえに、三年生に進級するさいには文系進学コースのクラスへ。理系進学コースで受験生をびしびし指導する武内に教わる機会は失われた。  数学に限定すれば凡庸な一生徒のことなど、その時点で忘却の彼方に追いやられてもおかしくない。にもかかわらず武内は廊下で行き合った折には、必ず親しげに話しかけてきた。  武内の中で〝三枝智也はいじりキャラ〟とタグづけがなされているように。  実際、通りすがりに髪の毛をわしゃわしゃとかき乱してみたり、きわどい冗談を飛ばしてみたり、と三枝がへどもどするのを楽しんでいる節があった。  卒業式の帰り道、校門をくぐったところで呼び止められて、こんなことを言われた。  ──二十歳(はたち)になったら飲みにいこう、ふたりっきりで……。    三枝は記憶をたぐった。両親ともに下戸なので、おれもたぶんアルコールを受けつけない体質です、と答えて失笑を買った憶えがある。  あのとき武内に、予防線を張るのが上手い、と皮肉られたさまが頭にこびりついているが、それは幾星霜を重ねるにつれて記憶が改竄された結果なのかもしれない。

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