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第6話

 春の陽が、うらうらと床を掃く。三枝は、シニカルな笑みをたたえた横顔をちらちらと眺めた。  こちらが教え子のひとりにすぎなかったころは、うんと年上に思えた武内と雑談を交わす。不思議な巡り合わせだ、と思う。  と、武内が大きく伸びをした。そして拳ひとつぶん低い位置にくる顔に、意味深な流し目をくれた。 「三枝を母校に送り込むとは、教育委員会もたまにはをする。俺がひな高にくすぶったままでラッキーと思っただろ」 「それは、まあ……武内先生に限らず化学の和田先生とか、日本史の池田先生とか、恩師と同じ職場というのは何かと心強いです」 「おいおい、俺もひとまとめか」  声が微妙に怒気を含む。忌憚なく答えただけなのに、武内はどうして苛立たしげに指の背で窓ガラスをこつこつと叩くのだろう。  三枝は眼鏡を押しあげた。ともあれ私物のノートパソコンを()ちあげている間に抽斗(ひきだし)の中を整理する。自宅から持参した卓上カレンダーをペンスタンドの隣に並べしな、思い出し笑いに口許がほころんだ。  一月はペンギン、二月は犬というぐあいに、そのカレンダーには動物の写真があしらわれている。ちなみに四月は羊。偶蹄目つながりでヤギを連想した。 「突然にやにやするやつは、むっつりスケベだというが。三枝も、そうなのか」  真顔で否定してから、カクカクシカジカとバスの出来事を話して聞かせると、 「親切心が(あだ)になったわけか。いい子ちゃんぶったその生徒には、ちょっとした社会勉強だったな」  辛辣に切り捨てられた。多角的なものの見方と言えなくもないが、アサリに混じっていた砂粒を嚙んでしまったような、ざらりとした苦みに眉根が寄る。 「でも、彼の行動力は褒められるべきです」  と、三枝が語勢を強めたせつな、足音と話し声が近づいてきた。武内は舌打ち交じりに戸口をひと睨みすると、うってかわって朗らかな笑顔を向けてきた。

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