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第8話
いわゆるデコぴんを食らった。さすがにカチンときて武内を睨み返すと、今度はネクタイをくいくいと引っぱられた。
「若くて独身でイケメンの教師は、女子のオモチャ認定だ。生徒との適正な距離を保つのを忘れずに、がんばれよ」
武内はネクタイの端で鼻の頭をくすぐってきて締めくくると、立ち去った。
三枝は上着を羽織り、衿をかき合わせた。花冷えとはいえ、やけに寒気がする。いつまでも額がひりひりと疼き、武内に一挙一動を観察されているようで落ち着かなかった。
翌日から本格的に新年度がスタートした。三枝は授業をはじめる五分前に職員室を出て、三年二組の教室へと向かった。
現代文を教えるとともに、副担任を仰せつかったクラスだ。
チャイムが鳴りだすと同時に教室前方の引き戸を開く。休み時間が何秒か残っている段階で教室に入ると疎まれるし、かといって鳴り終わってから入室すると遅刻を容認するタイプだと舐められる。このへんの匙加減が難しい。
起立、礼、と号令に迎えられた。密かに深呼吸をしてから敷居を跨ぎ、ことさらすたすたと教壇にあがる。
始業式の席上で〝転任してきた教師〟の抱負を述べたさいに、全校生徒が審査員であるような、綿密に品定めをする視線をそそがれる、という洗礼を受けた。
だがクラス単位の、一対四十人という形で向き合うと、別種の緊張感に苛まれて手汗がすごい。それでも、おくびにも出さない程度の経験は積んでいる。
教科書と副読本を教卓に載せて、背筋を伸ばす。
どの分野においても第一印象大事だ。殊に相手が事、大人に対して点数が辛い高校生とくればハードルがあがる。親近感を抱いてもらえるか否かが、円滑に授業を進められるかどうかの鍵を握る。
鼓動が速まるにつれて、IDカードがかさこそとワイシャツを撫でる。教卓に手をついて、こころもち身を乗り出すと、柔和な笑みを浮かべて教室内を見回した。
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