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第9話
すると窓際の最後列の席で動きがあった。
その席の男子は居眠りをしているとみえて机に頬杖をつき、ツムジが正面を向くほど顔をうつむけている。隣の席の女子が、ヤバいよ、と注意するふうに肘を薙 ぎ払い、がくんと頬杖が外れた。
くだんの男子は、天板に鼻がぶつかった衝撃で目を覚ました。ドジ、と囃 し立てられながら寝ぼけ眼をこすり、そして舌をぺろりと出した。
席順を記した表が教卓に貼ってある。三枝はそれと照らし合わせて笑みを深めた。
例のヤギくんこと矢木大雅 と、ひなた台高校の教師として初の授業で再会するとは幸先がいい。
すべての生徒を平等に扱うこと。イロハのイだが、矢木には理屈抜きに親しみを覚える。
三枝が合い言葉めかせた目配せで「やあ」と伝えると、矢木のほうもはにかんだ様子で頭を搔いた。
「三枝智也です、よろしく。きみたちの七期上のOBで、一年間、一緒に勉強をしていきます。何か質……」
しつもーん、と女子の声に遮られた。
「恋人はいますか? 募集中なら好みのタイプを教えてくださーい」
「お約束の質問にはお約束返しで、ノーコメント」
ケチ、とブーイングが起こったが、笑いを含んだものだ。曲がりなりにも試験に合格したようで内心、ホッとする。
気持ちを切り替えて教科書に手を伸ばしたせつな、別の男子が三枝の力量を試すような毒を吐いた。
「現代文の教師だからって、趣味は読書とか言わねぇよな。ベタすぎるもんな」
「ひねりがなくて、ごめん。ライトノベルから時代小説まで、面白ければジャンルを問わない活字中毒です。きみたちよりオッサンなぶんアナクロいところがあって、電子書籍よりぺーパー派かな」
「オッサンぶるほど年食ってないっすよ、大先輩」
と、矢木がフォローしてくれた。つかみはOKというやつで、ぐっとやりやすくなった。
三枝は〝入試改革〟と黒板に大きく書くと、赤いチョークでその四文字に傍点を打った。
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