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第10話
「知ってのとおり大学入学共通テストの国語および数学に、記述式の問題が盛り込まれるはずでした。ところが採点方法が確立するには至らずとの理由で、ひとまず取りやめになってしまったね。新制度一期生のきみたちは、猫の目のようにころころ変わる文科省のやり方に振り回されて『俺らモデルケース?』と、とムカついていると思う」
うなずくものが大半を占めた。
「確かに戸惑うことも多いだろうけれど、読解力を養っておけば入試に限らず実社会に出てから必ず役に立つ。だから『読書ぉ? ん、なのオタクっぽくてかったりぃ』などと毛嫌いしないで、たまには名作に親しんでほしい……なんて説教臭いことはこのくらいにして」
にこやかに、ひと呼吸おいてから教科書を開いた。
「さて、校則だからあきらめてもらうとして、スマホの電源を切って鞄にしまって。こっそり授業中にいじってるのを見つけたときは放課後まで没収」
鬼畜と、ぼやく生徒もいたが、それは様式美に等しいものだ。ひとしきり机ががたついたあとで、しんと静まり返った。
最初の単元は随筆だ。三枝は教科書を音読しながら、等間隔に並べられた机の間を縫って、教室の後方へと歩いていった。
まずまず順調なすべり出しといえるだろう。そう思うとよぶんな力が抜けて、声に艶が出る。
サブ黒板にぶつかる寸前で右に曲がると、窓が正面にきた。空は、水彩画のように淡々しく青い。
菜の花の思い出にまつわる随筆を題材に、ディスカッション形式で内容を掘り下げていくにあたって舞台効果満点だ。
生徒たちを飽きさせないように、メリハリをつけて読み進めていたさなか、ぴたりと足が止まった。窓際の一列と、その手前の列の間に差しかかったところで、矢木のノートに視線を吸い寄せられて。
矢木があわてて両手をかぶせるのに先がけてノートをさらい取る。そして目を瞠った。三等身にデフォルメされた三枝の似顔絵が描かれていて、フキダシにはこんな科白がある。
──三枝っちだよ、よろぴくね。
三枝っち、と呟いたとたん口許がひくひくしだした。頬の内側を嚙んで噴き出すのをこらえる。
三枝は咳払いをすると、矢木の机に片手をついた。腰をかがめて、赤らんだ顔を掬いあげる角度から見つめた。
「特徴を捉えるのが上手だ。部活は漫画部?」
「……陸上部っす、走るの専門の」
椅子に溶け込むように縮こまったさまから、しょぼくれたラブラドルレトリバーを連想した。
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