11 / 168

第11話

 鹿爪らしげな表情をこしらえて、あらためて似顔絵を眺めると、 「矢木ちん、グッジョブ」  数人の男子が、いっせのせで野次を飛ばしてきた。  内職にいそしんでいる現場を押さえた場合、三枝は見逃してくれるのか、あるいは内申書をちらつかせてネチネチと嫌味を言うのか。どちらのタイプか見極めるうえで、矢木はまたとないスケープゴートだ。  三枝は眼鏡のブリッジをひといじりした。無用の反感を買うのは避けたいとはいえ、最初が肝心だ。すっと右手を挙げると、親指から順番に指を折っていく。 「化粧をする、大っぴらに他の教科の勉強をする、手紙のやりとりをする、机の陰で漫画を読む、などなど。これらの行為はイエローカードだからね」  ざわめきが起こり、掌を下に向けて制した。 「矢木くん、イエローカード二枚で千字程度の作文を提出してもらうよ。添削をしてあげるから、損はしないだろう?」    ノートを返しがてら、友好関係を築くように片目をつぶってみせた。生徒と適正な距離を保つこと。忠告が耳に甦り、気を引きしめなおす。 「じゃあ、出席番号一番の安藤くん。作者の着眼点は、どのへんが(すぐ)れていると思う?」 「マジかよ、えぐいわぁ」  軌道修正を図る意味で、ぬきうちの指名は効いた。空気が張りつめたぶん、集中力が持続するだろう。  安藤の意見を板書する必要がある。ところが矢木の机から離れしな、ためらいがちにではあるものの、背中をつつかれて教壇に戻りそびれた。肩越しに振り返ったところに、このとおり、と矢木が拝む真似をしてみせた。  微苦笑を誘われた。バスの一件での処し方といい、矢木は素直な性格をしているようだ。  クラスのムードメーカ的存在でもある様子で、三枝の同級生がそうだったように、矢木も地味にモテるに違いない。  だが特定の生徒に肩入れするのは、もっての外だ。三枝は自戒を込めて背筋を伸ばすと、しなやかな身のこなしで列の間を通り抜けた。  安藤の意見をとっかかりに、議論が活発になるよう誘導している間も〝三枝っち〟がツボにハマって、ともすると口許がゆるむ。  愛称を奉られるのは、ひなた台高校の一員として受け入れられた証拠。そう思うと、ほんのりと心が温かい。

ともだちにシェアしよう!