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第14話

 矢木は、腰をかっきり九十度に折った。 「さーせん。俺、ガサツで」 「平気、平気。部活中だよね、休憩かい?」  三枝は眼鏡を外すと、水滴が斑点を成すレンズをハンカチで拭く。  心臓が跳ねた。矢木は雫がぼたぼたとしたたるに任せて突っ立ったままでいた。  クラスの女子のひとりが、やはりひな高OBで、しかも三枝の同窓生にあたる従姉から卒業アルバムを借りてきて、 「昔の三枝っち、可愛くない?」  クラスの集合写真をきゃあきゃあ言いながら回し見していたのも納得がいく。かねがね端整な顔立ちだと思っていたが、眼鏡を取ると三倍増しだ。  イケメンというより美形と評するほうがふさわしく、オリンピアンの走りを鑑賞するノリで見惚れてしまう。  と、共に得をした気がする。眼鏡のない素の顔を拝んだ生徒第一号は俺かもしれない。そう思うと、なぜだか胸が甘くざわめいた。  三枝が眼鏡をかけなおすと覿面にがっかりして、我ながらひくものがあった。  かたや三枝はワイシャツの袖をまくり、水を満たしたジョウロを持ちあげた。タンクの部分に、園芸部、とマジックで大きく書いてあるものだ。 「花、好きなんすか」  ジョウロに顎をしゃくると、三枝はラッパ状の先端を傾けた。涼やかな弧を描く水が西日を浴びて、小さな虹が架かる。 「園芸部の顧問は環境委員会と二足のわらじなせいで、わりと雑用が多くてね。なり手がいなくて、ジャンケンで負けたおれが引き受けることになったんだ。追肥だとか、剪定だとか、スマホと園芸書が頼みの綱で明らかに人選ミスだよ」  と、ぼやくわりには中庭の花壇の手入れでもして、ひと汗かいたあとなのか、上気した頬がきらめく。  矢木はユニフォームの痕がくっきりとついた肩をひと撫でした。年がら年中日に焼けている自分とは異なり、三枝は砂浜で甲羅干しをしても翌日には色が()める体質なのだろう。

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