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第15話

「きみが走っている姿を、たまに見かける。ぴゅん、とスタートを切って」  右手を寝かせて水平方向に素早く動かした。 「で、どんどん加速していって、あっという間にゴール。俊足だね」 「俺なんか万年県大会どまりのドン亀っす」 「『なんか』『どうせ』といった自虐発言を繰り返しているとね、本当にレベルが落ちる。自信を持つのと自惚れるのを履き違えるのは禁物だけど、きみは卓越したランナーだ。卑下するのはやめなさい」  卓越したランナー、と鸚鵡(おうむ)返しに呟くと鼻の付け根に皺が寄る。買いかぶりだ、部外者のくせに利いた風なことをほざくな。  食ってかかりたい衝動に駆られて、だが激励の言葉は温かみにあふれて、やがて心の奥底で宝石のような輝きを放つ。  靴底の鋲がすり減ってきたスパイクに目を落とした。入部して以来、履きつぶすのはこれで何足目だろう。そうだ、素質ではライバルに劣っていても、練習量では絶対に負けない。  水飲み場と接する形で藤棚がしつらえられていて、匂やかに花房を垂らす。  三枝が支柱にもたれかかった。色白の(おもて)が淡紫色に染まって、綺麗だ。  綺麗? 矢木は、ぎょっとして両手で口許を覆った。まさか、うっかり口走ってなんかいないよな。  だいたい七歳も年上で、おまけに男性教諭をつかまえて綺麗もへったくれもない。常日ごろ妹から脳筋男呼ばわりされている俺に、ポエムの神が降臨したのだろうか。  などとムキになってユニフォームをばたつかせる矢木にひきかえ、 「優雅で、桜とは違った味わいがあるね」  三枝は舞をひと差し舞うように、たおやかに腕をしならせて花房に触れた。  視線が吸い寄せられるという次元を通り越して、ガン見していたのかもしれない。頓珍漢な相槌を打って、微妙な空気が流れた。  おかしな汗までにじんでくるありさまで、矢木は猛烈な勢いで屈伸運動をやりはじめた。  三枝に背中を向けて会話を拒んでいるにもかかわらず、彼の一挙手一投足に神経を研ぎ澄ませてしまうあたり、俺は変だ、変だ。

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