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第16話
じゃあ、と告げられた。重たげなジョウロを提げた影が地面に映り、それが動きだすと、無性に焦る。
三枝は用事があって、こちらにしてもサボりっぱなしだと監督に殺される。なのに、三枝の行く手を阻む位置に回り込むのももどかしく、姿勢を正した。
「ずっと前に、あざっした。ヘマこいて、バスで揉めたときに」
「おれは卑怯にも見て見ぬふりだった。感謝されることは何もしていないよ」
「やっ、でもマジに心が折れそうだったんで、先生のがんばれポーズに救われたっていうか。これからも席を譲るぞ、みたいな」
ぽん、と肩を叩かれたせつな、矢木は足下で爆竹が破裂したように飛びのいた。やらかした感が強くて、しゃがむ。今の反応はまんま痴漢に遭遇した女子で、確実に誤解された。
「おっ、俺、汗臭いっすよね。妹なんか鼻をつまんでシッシッてするくらい臭うっていうか、先生の鼻がもげたら大変っていうか……」
舌がもつれるわ、汗が噴き出すわ、と大騒ぎだ。
「妹あるあるだね。うちの妹も髭の剃り残しを見つけると『ズボラ』なんて調子で、けなしてくれるよ」
妹ネタという共通点があるのがうれしいと思うのは、芸能人の誰それとおそろいの洋服を着て喜ぶファン心理に近いものがあるのだろうか。
矢木はスパイクの紐をほどいて結びなおし、勢いよく立ちあがった瞬間、違和感を覚えた。ワイシャツの衿の、うなじの部分がやけにデコボコしている。
ここが、と自分の襟足をつついて知らせる。つられたように首筋へと手が動いた直後、合点がいったというふうにレンズの奥の瞳がきらめいた。
「ストラップがねじれて瘤 になっていたのか。道理でごろごろすると思った」
笑顔の花が咲いた。それが照り返しより眩しく見えて後ずさった拍子にジョウロにつまずき、ひっくり返した。
ひとり吉本か、と矢木は自分にツッコミを入れ、しっちゃかめっちゃかぶりに、ますますパニクるようだった。
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