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第17話
一方、三枝は後ろ手に結び目をほぐそうとひとしきりストラップをいじっていたが、かえってこんがらかってしまった様子だ。
「悪いけど、手伝ってもらえるかな」
面目なさげにそう言って、向こうを向いた。
矢木は、あたりをきょろきょろと見回したすえに自分の顔を指さした。
立っている者は親でも使え、と俗にいう。それと同じ感覚で、気安く頼んできたに違いない。だがインターハイという夢舞台に立ったときと、今と、果たしてどちらがより緊張を強いられるだろう。
ぎくしゃくと三枝の背面に回って、そこで固まった。なぜならストラップをたぐり寄せるには、まず衿をめくってから指でつまむ必要がある。
女性教諭に対しては、些細なスキンシップですらセクハラと受け取られかねないご時世だが、男同士だ。肌に触れても別段、どうってこともないはずなのに鳩尾 がむずむずする。
矢木は強ばりがちな指を曲げて、伸ばした。衿をまさぐったとたん指が折れるかのようにおたおたするなんて、馬鹿げている。
しかし、いったん意識しはじめると駄目だ。透明な壁で隔てられているように、あと一歩が踏み出せない。
身長差の関係で数センチ低い位置にくる肩は、自分のそれよりなだらかな線を描く。ひと吹きするなり飛び散るタンポポの綿毛さながら、迂闊にさわると三枝も粉々に砕けてしまわないだろうか……?
「まさか、悪戯を企んでいないだろうね?」
異様なまでにもたついているのだから、訝られるのは当然だ。
矢木は生唾を呑み込んだ。ストラップをなかば引きちぎるように結び目をほどき終えた直後、
「ここにいたのか。アポを取っているって、教材屋が待ってるぞ」
花房をかき分けながら武内教諭がやって来た。藤の蔓 が幾条にも亘ってたわみ、むしり取られた花びらがワイシャツにへばりつく。
武内は、矢木の姿を認めると虚を衝かれたふうに眉を寄せた。その一方で肩を抱くようにして三枝を促すさまは、親しみの表れというより馴れ馴れしい。
さらに矢木と、ジョウロへと交互に顎をしゃくる。
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