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第18話

「それを用具置き場に返しておいてくれ」 「職権濫用は許されません。矢木くん、気にしないで、きみはトラックへ」 「頼まれてくれるさ、なあ、矢木」  渋々うなずき返した。うがちすぎだろうか、それとも光の加減だろうか。武内が三枝を急かして立ち去りがてら、勝ち誇ったような一瞥をくれていった。 「俺はパシリじゃねぇっつうの」  ジョウロを蹴飛ばした。中に残っていた水がスパイクにかかって、なおさらムカついた。  家に帰れば帰ったで、予備校の夏期講習のパンフレットがダイニングテーブルにうずたかく積まれていて、カチンときた。夕飯をかき込むのもそこそこに、自分の部屋にこもる。  ちなみに築十年の一戸建てで、家族構成は両親と矢木、および四歳違いの妹。隣は近ごろ、とみに小生意気な妹の部屋だ。  閑話休題。ベッドに寝転がって、マネージャーに撮ってもらった〝自分の走り〟をスマートフォンでチェックしはじめた。  フォームは崩れていないか、レース終盤での粘りはどうか。動画を繰り返し再生しながら分析するのは欠点を克服するうえで大切な日課だ。  ふだんはメモを取るかたわら見入るものなのに、今夜はぼうっとしている間に再生が終わっている。  ともすると、すんなりした首筋が目の前にちらつく。たとえば混雑しているバスで、おっさんの真後ろに押しやられたときは最悪だ。加齢臭が鼻孔を直撃して、おえっとなる。  その点、三枝はトレードマークといえる純白のワイシャツ姿も相まって清潔感にあふれている。  ふたりきりで話していたのは正味十分程度。にもかかわらず、あの一幕は蛍光ペンで強調したように輪郭がくっきりしている。  腹這いになって足をばたつかせた。三枝と武内が、元教え子と恩師という関係にあることは周知の事実だ。  同僚という対等な立場に立つ現在(いま)は、つれだって職員室に戻る道すがら、昔話に限らず話題が尽きなかったに違いない。  三枝に対してタメ口を叩くどころか、おまえ呼ばわりをする武内を羨む自分がいる。

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